〜これからの人生を前向きに考えるヒント②〜
心理学者・山口創先生に聞く「ミドル世代を、健康で幸せに生きるために必要なこと」
「健康ってどういうこと?」「私は本当に幸せなの?」
人生の折り返し地点に差し掛かるミドル世代(40、50代)は、心身の変化や更年期、キャリアの壁、将来への漠然とした不安など、これまでとは違う種類の悩みに向き合う時期。そんなとき、自分にとっての「心地よさ」や「自分らしい幸せ」を見つけるだけで、気持ちが軽くなることも。
この企画では、専門家への取材を通じて、ミドル世代がこれからの人生を前向きに歩むための実践的な知恵をお届けしています。
今回も心理学者・山口創先生に、ミドル世代に伝えたい健康と幸福の定義から、心が整う時間の使い方、これからを豊かに生きるためのヒントを伺いました。(シリーズ2/3)
ミドル世代こそ、自分軸で考えたい「健康」と「幸福」
あなたは今、「健康」ですか?
WHOの定める健康の定義では、「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」とされています。
けれど、「完全に良好な状態」と言われると、少し遠い話に感じる人も多いのではないでしょうか。実際には、この定義を満たさないと不健康というわけではなく、むしろ「目指す指針」のようなもの。少しずつでも、その定義に向けて意識し行動すること自体に意味があります。
健康が大切なのは誰もが知っていますが「幸福」についてはどうでしょう。あなたにとっての幸福とは、どんな状態ですか?
心理学では「主観的幸福感」という考え方があります。これは、「自分の人生に満足しているか」と、「ポジティブな感情が多く、ネガティブな感情が少ないか」という、本人の実感をもとに幸福度をはかるものです。
この考え方は、西洋的な価値観に基づいています。もともと心理学という学問自体が西洋で発展してきたため、個人の成功や目標達成を重視する「自己実現」的な発想がベースにあります。
一方、日本を含む東洋では、もともと「個人」という考え方がそれほど強くありませんでした。村全体で仲良く暮らすことが当たり前で、「みんなが幸せであること」が大切にされてきたのです。そこに「個人として幸福を目指す」という西洋的な考え方が入ってきたことで、「自分も目標を持って、何かを達成しないと幸福になれないのでは?」と焦る人が増えたとも考えられています。
もちろん、西洋的な価値観で幸せを感じる人もいるでしょう。でも、全員がその考え方に合わせる必要はありません。家族や友人など、身近な人たちと穏やかにつながり、平和に暮らしている状態を「幸せ」と感じる人もたくさんいます。
ミドル世代になると、人生や価値観を見つめ直す機会が増えます。だからこそ、「健康」や「幸福」について考えるときは、決まった定義だけに縛られず、日本人としての感覚や、自分自身の心地よさも大切にしたいところ。正解を探すのではなく、「自分にとって心と体が整っていて幸せな状態とは?」と、自分軸で考えてみることが大切なのではないでしょうか。
没頭できる「ひとり時間」と、社会と「つながる時間」
「没頭」と「社会とのつながり」。
このふたつのバランスも、40・50代の心の健康と幸福には欠かせません。前回の記事では、没頭できる趣味や生きがいを見つけ、自分の内側と向き合うことで、不安と程よい距離をとることができるというお話をしました。
一方、ひとりで過ごす時間だけでなく、自分にとって心地よい範囲で人と関わることもまた大切です。実際、そうした気持ちのよいコミュニケーションを通じて、幸福感に関係するとされるホルモン「オキシトシン」が分泌されると言われています。
私にとっては、大学での講義がその一つです。自分が主体となってつくる小さな社会の中で、学生のために何ができるかを考え、よい反応が返ってきたときにやりがいを感じます。また、講演をして様々な職業の人と話す時間も、私にとって大切な“社会とのつながり”です。そういった交流の中で、新しい研究テーマが浮かぶこともあります。
さらに、論文を読む時間も、広い意味では社会との関わりかもしれません。「仕事だから読む」のではなく、「こんな研究をした人がいるのか」「このテーマ、研究に活かせるかも」と思いながら読むと、ワクワクします。
没頭できる時間と、心地よい形で人とつながる時間。どちらか一方に偏るのではなく、自分なりのバランスで両方を楽しめるとき、心は自然と満たされ、幸福を実感できるのではないかと思います。
やりたいことは、過去にヒントがあることも
没頭できることと心地の良いつながりを見つけるのが難しいと思う方もいらっしゃるかもしれませんね。
私自身も今は忙しく、そこまで没頭できる趣味が多い方ではありません。しかし定年後には仕事も研究もなくなります。そんな膨大な時間を、どう過ごすか。私は今のうちに、できるだけ趣味の幅を広げて、心から楽しめることを探したいと思っています。
また、70代でもまだ働ける可能性はあると思っています。子どもの頃を思い出すと、私は路線バスの運転手に憧れていました。地域の方を乗せて運転に集中し、乗り降りのときにちょっとした会話を交わす。そんな仕事にも魅力を感じていたのです。
本当にやるかはわかりませんが、これまでのキャリアとは関係のないことでも、「やってみたかったこと」を思い出して、前向きに想像するだけで心がふっと軽くなる気がします。
ぜひ、あらためてこれまでの人生を振り返ってみてください。何に心を動かされてきたか。理由がなくても、なぜか好きでたまらなかったものは何だったか。今の自分にとって、心地よく感じられる時間はどんな時か。そうした感覚が、これからの人生を豊かに過ごすヒントになるかもしれません。
価値観の転換期を、豊かさに変えるために
「健康であるかどうか」ではなく、「健康に向けて行動すること」に意味があり、そして、幸福は自分軸で考えてかまわない。山口先生の言葉は、どれも一見当たり前のように思えますが、実は多くの人が実践できずにいることばかりかもしれません。
特に、40・50代という価値観の転換期には、自分の歩みを見失いがちになります。だからこそ、今あらためて自分自身の人生と丁寧に向き合うことが、これからの時間を豊かに生きるための、もっとも確かな近道になるのではないでしょうか。
次回は、山口先生の専門である身体心理学をもとに、「ミドル世代の悩みに効く、幸せホルモン『オキシトシン』を分泌させる7つの行動」についてお話を伺います。
心理学者。桜美林大学リベラルアーツ学群教授。1967年静岡県生まれ。早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程修了。専攻は健康心理学・身体心理学。主に「皮膚」や「タッチ(触れること)」について研究し、さらには幸せホルモン、オキシトシンの分泌メカニズムを科学的に検証している。子育て、看護・介護、セラピストなど様々な分野で研究や講演活動を行っている。著書に『手の治癒力』(草思社)、『子供の「脳」は肌にある』(光文社)などがある。
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