日常から非日常への飛躍。映画にはそんな側面がある。それでは映画館は? これもまた日常からの飛躍だと思う。
そう感じる理由は、大きなスクリーン、大迫力の音響、シートやコンセッションで購入できるフードやドリンクなど、作品への没入とその周辺にある体験を楽しむための施設だから。
つまり、映画を観る特別な時間は、作品だけでなく日常を超えた場によってもたらされる場なのである。
デジタル全盛のいま、敢えてフィルムで楽しむ映画体験
そんな映画館ならではの特別な体験をしたい人が知っておきたい劇場が東京・新宿にある。「109シネマズプレミアム新宿」だ。昨年春、東急歌舞伎町タワーの9F/10Fにオープン。合計8つのスクリーンを備え、そのすべてで音楽家・坂本龍一氏の監修による音響システム「SAION - SR EDITION -」を採用しているほか、コンセッションやラウンジなどが雰囲気を盛り上げてくれる。
シアター3は立体音響技術のDolby Atmosに対応、シアター6は正面だけでなく左右の壁面に映像が投影されるScreenX対応のスクリーンとなっている。
そして、忘れてはならないのがシアター8だ。デジタルシネマ全盛のいまこのスクリーンには敢えて35mmフィルムの映写機が設置されている。これはかつて新宿に存在した「新宿ミラノ座」時代に培った映画文化をこの劇場でも継承したいという思いからだという。新宿に思い出がある坂本氏からも、新宿にフィルム上映ができる映画館を残してほしいという要望があったそうだ。
かつての映画館はフィルムで上映するのが当たり前だった。しかし、現在はデジタル上映が主流。国内では2010年ごろから一気にデジタル上映の波が高まり、多くの劇場がハードディスクや物理搬送自体が不要なDCP配信に移行している。しかし、フィルムの画にはデジタルとは異なる色合いや質感があり、その表現を好んだり、懐かしんだりする層も存在する。
このフィルムならではの質感のひとつが「粒状感」だ。現代的なデジタルの鮮やかでノイズが少なく、つるっとクリーンな映像に対して、フィルムには映画ファンが古くから触れてきた少しざらついた質感である。これが作品の雰囲気をよく伝えるという人もいるし、映像にこだわりのある監督が、敢えてフィルムでの映像製作に取り組むといったムーブメントも生まれている。
日本で唯一、ヨルゴス・ランティモス監督の最新作『憐れみの3章』を35mmフィルムで上映
そんな109シネマズプレミアム新宿では、現在(9月末の原稿執筆時点)、ヨルゴス・ランティモス監督の最新作『憐れみの3章』を35mmフィルムで上映している。この作品を35mmフィルムで上映する日本の映画館は、現時点ではここだけだそうだ。
「愛と支配」をテーマにした3つの短編からなるオムニバス作品だ。異色でカルト的なストーリー展開に加えて、エマ・ストーンを始めとした出演俳優が、それぞれの短編に共通して出演して、まったく異なる役柄(人間関係)を演じているのが面白い。ストーリー自体は完全に独立しているのだが、赤青黄でまとめられた作品のキービジュアルによる統一感であったり、3作品を通しで観ることによる発見、共通性、つながりの示唆などもあるのも興味深いところだ。
内容は非常に刺激的。少し難解で、きつめのゴア表現もあるが、筆者としては2時間45分と長い上映時間があっという間に過ぎているほど作品にのめり込んだ。
内容の仔細については触れないが、ランティモス監督らしいとがった場面設定や、不穏でシニカルなユーモアがふんだんに盛り込まれたストーリー展開は見て飽きさせない。というか、劇場ならではの緊張感、没入感の中で一気に身終える(複数回観ればその分だけ気づきはあるが)のが圧倒的にいい作品に思えた。