作家・藤原淳さん/パリジェンヌに学ぶ、キャリアに執着しない生き方

文●山野井春絵

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 ルイ・ヴィトン本社のPRディレクターという華やかな経歴に自ら終止符を打ち、作家として、自分の力で仕事をしていくことを決めた藤原淳さん。「ルイ・ヴィトンの藤原さん」の肩書きを外してみたら、見えてきたことがたくさんあったといいます。人生の大きな決断に、迷いはなかったのでしょうか。初めて日本で刊行した著書『パリジェンヌはすっぴんがお好き』(ダイヤモンド社刊)が大好評の藤原さんが、作家になるまでの意外な経緯とは。

現在は作家活動の傍ら、ラグジュアリー業界の知識を活かしてコンサル活動も行っているという藤原淳さん。インスタグラムでは、日本に憧れを持つフランス人向けのコンテンツを積極的に発信している。Photo:Amelie Marzouk

作家への転身は、簡単…ではなかった

 パリに住まい、作家としてフランス・日本の両国で活躍する藤原淳さんの前歴は、ルイ・ヴィトン パリ本社の敏腕PRディレクターでした。 「もっともパリジェンヌな日本人」と称されるほど、業界では有名人だった藤原さん。出版関係にも知り合いが多く、著述業への転身も順調だったのだろうと思われがちですが、意外にもそうではなかったといいます。

「自分の書籍を出版できたのは、ルイ・ヴィトン時代のツテを使ったのだと思われることも多いんですが、まったくそうではないんです。自分で出版社30社ほどに原稿を送って、ほとんど振られました。ようやく興味を持ってくれた小さな出版社から、はじめは2000部から出版できることになって、そこから少しずつ繋がっていったという感じです。私自身も『きっとこれまでの知り合いが助けてくれるだろう』と考えて、相談に行ったりしたんですけど、頼りにしていた人とか、なんなら私がお世話をした人に限って、全然助けてくれなかった(笑)。出版が決まったときも、メディア関係の知人にメールや電話でたくさん連絡をしたんですけど、オンラインの記事にしてくれたのは2人だけ。もちろん、みんなとても忙しいし、『ルイ・ヴィトン』の看板もない無名の作家の本を記事にするなんてとても難しいことだってよくわかるんですけど。企業でチームのスタッフに指示していたようなPRの作業も、一人でコツコツとやることになって、看板がないってこういうことか、と思い知らされましたね。でも、一生懸命手紙を書いたり、郵便局に通ったりするのは、大変なんですけど、初心にかえったようで、楽しくなっていきました」

ルイ・ヴィトン時代の藤原さん。PRディレクターとしてチームを率い、活躍していた。

先の見えるレールから思い切って飛び降りてみたら

 キャリアを捨てて、別の何かに挑戦する。長く主婦だった生活から、仕事をはじめる。 …どんな境遇の人も、それまでのコンフォートゾーンを抜け出すことは、とても勇気が必要です。藤原さんは、どんなきっかけで転身を考えたのでしょうか。

「交換留学でフランスへ行って戻ってきた大学三年生のころ、周りの友人たちは就職活動の準備をはじめて、着々と人生を歩もうとしていました。私は、自分の人生のレールが敷かれているような気がして、急に怖くなったんです。このままレールに乗っていくのは嫌だな、と思って、フランスへ飛び出しました。ルイ・ヴィトンをやめる時も、同じような感覚になったんです。このまま20年、この会社にいたら、出世はできるかもしれないけど…なんだか先のレールが見えて、ああ、嫌だな、と思いました。もちろん、やめるのにはパワーが必要でした。ずっと暮らしてきた土地を離れるのと同じくらい、不安でした」

 そんな不安を振り切ってまで、退社を決意させたのは、なんだったのでしょうか。

「『退屈よりも大失敗を選びなさい』。これはココ・シャネルの言葉です。もちろん、苦労も失敗もある。やめなきゃよかった、と考えること、絶対あると思うんですが、退屈するよりはいい。人生を押しつけられた感覚を持って生きるよりも、思いきってやってみよう、そう思いました。会社をやめてみて、驚いたのは、意外な人たちが私を助けてくれたことです。信頼して、仲良しだと思っていた人ほど、私がルイ・ヴィトンを辞めたとたんに去っていったり。人生って本当に不思議だな、と思いますね」

ルイ・ヴィトンを辞めてからも、さまざまな出会いに恵まれて、新しい人生を楽しんでいる藤原さん。

これまでの経験に、何一つ無駄はない

 「実は、今から考えてみると、広報という職種は、全然自分に合っていなかったなと。もともと人付き合いも得意ではなくて、一人で作業するのが好きなタイプなんです。広報は、自分から人の輪に飛び込んで、食事を重ねて信頼関係を作るという、人付き合いが肝心な仕事。苦手意識を持ちながらも、仕事として、ゲーム感覚でやってみようと割り切ってみたら、楽しくなって、つい17年続けてしまいましたが(笑)。でも根本的なところでは、やはり天職とはいえなかった。もう少し早く辞めてもよかったかな、とは思っています」

17年続けた広報の仕事。そこで得た視点は、藤原さんの現在の執筆活動に大いに役立っているといいます。

「若くて、頑張っている最中に、『この経験が将来私のためになる』なんて、考えられる人はいないと思います。でも、この年齢になってくると、『あの時のあの経験が、今、生きているのかも』と、少しずつわかってくる。いろいろと俯瞰して見える、人生の棚卸しをしはじめる世代ですよね。今までやってきたこと、暮らしの中で積み上げたことは、子育て、キャリア、介護、すべて、何一つ無駄なことはない。それはきっと、誰にとっても何かに挑戦する勇気になるのではないでしょうか」
 

藤原淳さんの日本での著作第一作目となる『パリジェンヌはすっぴんがお好き』(ダイヤモンド社)。悩みも愚痴もためこまないパリジェンヌの生き方、恋愛、仕事術を学び、日々の生活で簡単に実践できると話題に。

Profile:藤原淳

ふじわら・じゅん/ラグジュアリーブランド・マイスター、作家(パリ在住)。東京生まれ。3~6歳の間イギリスで育ち、聖心女子学院に入学。1999年、歴代最年少のフランス政府給費留学生として、パリ政治学院に入学。卒業後、在仏日本国大使館勤務を経て、ルイ・ヴィトンのパリ本社にPRとして就職。2007年にPRマネージャーに抜擢された頃には「もっともパリジェンヌな日本人」と称されるようになる。2010年、PRディレクターに昇進。2021年に本来の夢を全うするべく退社。作家として、日本を紹介する本をフランス語で3冊出版。日本に憧れを持つフランス人向けのコンテンツをインスタグラムで発信する傍ら、ラグジュアリーブランド・マイスターとしてルイ・ヴィトンのみならず、あらゆるブランドの魅力を幅広く紹介する仕事をしている。

Instagramアカウント:@junettejapon

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