業務を変えるkintoneユーザー事例 第198回
社員に粘り強く働きかけ、3年がかりでGAPを全社活動に
みかん農家がkintoneで挑んだ「GAP認証」 世界標準の農業で世界一を目指せ!
2023年09月12日 11時00分更新
「kintone hive matsuyama 2023」の3社目は、愛媛県八幡浜市で農家を営むミヤモトオレンジガーデンが登場。同社執行役員の中島敏和氏が、みかん農業の事業としての標準化とkintone活用について講演した。
農業の生き残りをかけた、世界標準への挑戦
ミヤモトオレンジガーデンはみかん、柑橘類の生産と加工販売を手がけており、百貨店、スーパー、食品専門店と取引している。果物そのものの他、ジュースやゼリーをはじめ、廃棄するみかんを加工した調味料の「塩みかんシリーズ」も人気を博している。
中島氏は、2014年に異業種から転じ、創業メンバーの1人として同社を設立した。現在はみかんの栽培責任者を務めている。
農業を取り巻く環境は厳しい。自然を相手にする農業では異常気象、自然災害の影響が業績を直撃する。特に2018年の西日本豪雨では同社も大きな被害を受けた。また、働き手の高齢化、人手不足の問題も顕著だし、耕作放棄地も非常に増えている。
農業を家族経営の仕事から、事業として継続できるものにしなければいけない。その思いで同社では、栽培人材の育成に力を入れてきた。中島氏の実家もみかん農家だったが、摘み取るのを手伝う程度でみかん栽培についての知識はゼロ。そのため、中島氏は他の社員とともに、愛媛県の技術員や地元の優秀な農家から指導を受けながら技術を習得していった。
指導を仰いだ先輩たちの技術は素晴らしいと感じながらも、中島氏には疑問が浮かんでいた。それは、農家はみな、「経験と勘に頼った栽培」をしているということだった。「経験や勘に頼りすぎていると、事業を継続することはできない。データを基にした農業が必要だと思った」と中島氏は語る。
海外では、気温や降水量などのデータを基にした農業経営が実践されていることを知っていた中島氏は、世界一になるためには、世界標準の農業を採り入れることが必要だと考えた。標準化実現のため、中島氏が注目したのが「グローバルGAP」だった。グローバルGAPは、欧州を中心に世界110ヵ国以上で採用されている農業における世界標準の認証基準であり、安全な生産管理をするために必要な確認事項を定めた取り決めである。
ちなみに、GAPとは「GOOD AGRICULTURAL PRACTICES」(適正な農業の実践)を指している。欧州のほとんどのスーパーではグローバルGAPを調達基準としているなど、取引の条件に使われるケースも広がっている。
「グローバルGAPは農業版のISOやHACCPのようなもので、SDGsでも推奨されている。当社が取得を検討していたとき、国内で取得済みの農業法人はわずかだった。柑橘類では1つも存在しなかった。そこで当社は、世界標準の第一歩として、グローバルGAPを取ることを決定した」(中島氏)
グローバルGAPは取得できたものの、220項目の手集計で限界に
農作物の「味」「鮮度」「外観」などの品質は、栽培技術の上に成り立っている。グローバルGAPでは、その品質は「食品」「労働」「環境」の3つの安全が土台となっているという考え方に立っている。この3つの安全に関するリスクを低減することが、農業経営の安定と持続可能性につながるとしている。
それだけに、グローバルGAP認証を取得するためには、非常に多くの項目で基準を満たさなければいけない。その数は実に220個。認証機関が実施する審査には1日半を要する。個々の項目のチェック内容も非常に細かく、気力体力を要する仕事だと中島氏は話す。
同社はこの困難を乗り越え、日本で初めて柑橘類でグローバルGAPの認証を取得した。
グローバルGAPの認証は、毎年更新される。初年度から3年間は、とにかく取得の維持を目標にがんばった。その間、毎年3冊の分厚いファイルが資料として残された。計12冊のファイルを目の前にした中島氏は、これが積み上がるのはもう無理だと思った。なにより、Excel作業と紙の資料による認証の更新に限界を感じていた。
「審査は毎年、みかん収穫でもっとも忙しい時期と重なっていたため、これでは破綻すると感じていた」(中島氏)
認証更新のためのExcel作業は毎年「一夜漬け」で乗り切るしかなかった。同社でグローバルGAPの内容を理解しているのは中島氏と社長の2人だけで、情報共有がなされず、全社員の取り組みにはなっていなかった。そんなとき同社は、業務改善ツールであるkintoneの存在を知り、導入を図った。
kintoneで社員の作業を記録 選果機とも連動し手入力もなくなる
まず、Excelから紙に保存する代わりに、情報はすべてkintoneの中に保存することにした。これだけで、作業の効率は大きく改善した。またグローバルGAPの取得には、何日にどんな作業をしたのか、社員の作業の記録も残さなければいけない。従来は社長へ業務日報のメールを送っていたが、これでは報告の内容を蓄積することはできるが、集計や検索はできない。
そこで、kintoneで業務日報のアプリを作った。これにより、社員がいつどんな作業をしたかをすべて一元化して記録することができるようになった。
「みかん畑で農作業をしている社員はPCを使わない。スマートフォンでも簡単に入力できるアプリも同時に開発した」(中島氏)
作物をアプリでの管理する際にこだわった点は、収穫→選果(果実の大きさや等級分け)→在庫→出荷の流れを追うために、収穫時にロット番号を付けるようにしたことだ。
選果機とkintoneが連動しているため、手入力する必要もなくなった。ロット番号から商品の追跡ができるだけでなく、商品のロット番号を逆にたどり、苗木の生産地や使った農薬の種類もたどれるようになった。「こうした追跡は、グローバルGAPの申請時に必ずチェックされる箇所のため、苦労もあったが作り込んだ」(中島氏)
その他、栽培に使用している農業機械のリストもkintoneで管理している。写真付きのリストには点検日が記録される。農薬の在庫台帳もアプリ化した。
アプリの開発は順調に進んだ。しかし、現場の社員たちは、それをなかなか使ってくれなかった。そんなとき中島氏は、自身が推し活をする「乃木坂46」の歌の歌詞を思い出し、自分を励ました。中島氏は、アプリを使ってデータ入力をすること、そしてそのデータを分析することがどれだけ大事か、粘り強く現場に話し、説得を続けた。
その結果、3年ほど経ったころからようやくkintoneの利用が広がっていった。「ある日、社員の1人が『kintoneの記録に載っていた農薬を、今年も使っていいですか?』と聞いてきた。3年かかったが、ようやく社員が日常的にkintoneを使うようになったと実感した」(中島氏)
社員がkintoneの入力をするようになり、ついにグローバルGAPへの取り組みも、全社員のものになっていった。同時に、収穫、在庫などの管理業務は、大幅に効率化された。特に農薬の管理は法令遵守のため、アプリにアラートを出すように設定し、ミスを防いだ。
kintoneによる業務マニュアルも作成し、倉庫や畑での作業や、栽培の段取り、重要点の確認ができるようにした。これによって農薬の使用量の管理も可能になり、現場での無駄な時間を削減することができた。データが蓄積されるようになったことで、業務分析も可能になった。無駄な作業を把握し、改善につながっている。
GAPシステムを他の農業法人でも利用できるように
こうした過程を経て構築した業務システムを、同社では「MOG-GAPシステム」として他の農業法人でも利用してもらえるように提供を開始している。MOGとは、ミヤモトオレンジガーデンの略である。
「グローバルGAPの220項目をすべてカバーし、適合基準の項目と紐付けしている。認証取得業務の問題を一気に解決するアプリだ。私たちはこれを囲い込まず、いろいろな方に使ってほしいと思っている。いっしょに世界標準の農業を創り、広げていきたい」と中島氏は語る。
グローバルGAP取得の取り組みとkintoneアプリによって、県内外の賞も取得し、多くの人とつながりができたと中島氏は言う。高校や大学の学生との交流も進み、持続的な事業への道も拓けてきた。
同社の経営理念は、「革新的な農業経営で、最良のウェルビーイングを追求し、たくさんの喜びと新しい価値を創造する」である。顧客と従業員だけでなく、同社にかかわるすべての人が幸せになることを目指している。グローバルGAPの取得を成し遂げ、同社はその目標に向けて大きな一歩を踏み出した。
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