2023年1月21日にオープンした『中華蕎麦 柳』は、千葉県松戸市の北小金という小さな駅から徒歩3分。道路を挟んで目の前に紫陽花の名所として知られる本土寺参道と、自然豊かな風景が広がる。『中華蕎麦 柳』も、瓦屋根を彩る紅葉に店名が彫られた一枚板の看板と、景色にとけ込むような純和風の店構え。
店主の齊藤元気さんと妻の舞さんは、私もよく足を運んだ綾瀬の行列店『陽はまたのぼる』出身。実は齊藤夫妻、『陽はまたのぼる』の大川店主が「この2人がいなかったら陽はまたは閉店してた」と語るほどの実力者。齊藤夫妻のファンは多く、独立前からオープンを待ち望む声がSNSで話題になったほどだ。しかし、煮干ラーメン店を支えた夫妻が作るラーメンは煮干じゃないという! 興味深いワードにそそられて、連日行列が絶えないこの店に満を持して伺った。
営業で幾多のラーメン店を回り、たどり着いたラーメン職人の道
齊藤元気さんは、大学卒業後、就職してレンタルマットの営業職につき、葛飾区の大半の店を回っていた。飛び込みで入った綾瀬の『陽はまたのぼる』でレンタルマットを使ってもらううちに、週2、3回ほどラーメンも食べに通うようになったという。
大学時代、ラーメンチェーン店でアルバイトをしていたこともあり、「業務用のスープが届くんですけど、それを自分で作ったらどうなんだろうと、家で作り始めたのがきっかけですね」と、就職してからも自作ラーメンを作り続けていた。マットを交換に行くたびに、『陽はまたのぼる』の大川店主をはじめ、さまざまなラーメン店の店主とラーメンの話をするようになった。「皆さんからいろいろ教えてもらいながら、自作ラーメンを月1回くらいのペースで作ってました」と齊藤さん。
齊藤さんの紹介で先に『陽はまたのぼる』で働き始めたのが、妻の舞さんだ。当時は、まだ結婚前で、「週5日で大川さんと二人で店を回していました」という舞さん。そのころ、齊藤さんは会社勤めを辞め、ラーメン屋を目指そうか悩んでいた。「自作ラーメンがいい感じになってきて、ラーメン屋をやりたいって言ったんです」。しかし、舞さんは、「ラーメン屋の仕事は不安定だからやめてほしいと、最初は反対しました。でも、そのあとに食べた自作ラーメンがめっちゃ美味しくて! サラリーマンのままにしておくのはもったいないと思い直したんです」。
そこから齊藤さんも、『陽はまたのぼる』で働き始める。もともと自作で腕を磨いてきた齊藤さんは、すぐに店をほぼ任されるようになって、舞さんとともに店に欠かせない存在になった。独自の限定麺も次々と提供し、齊藤さんの限定目当てに通うお客様も増えていった。そして3年間、研鑽を積んだ齊藤さんは、2023年1月21日、北小金に『中華蕎麦 柳』を開業した。
開業の際、大川店主は「この2人がいなかったら、とっくに陽はまたは閉店してました。それくらい、たくさん感謝してます。どうか支えてやって下さい」とツイートして齊藤夫妻を応援した。齊藤さんも「洗い物だけさせられてたら、独立して店をやることはできなかった。おかげで行列にも困らない、店を回す力がつきました」と当時を振り返った。さらに『陽はまたのぼる』時代からの常連客が、独立を待ちわびるツイートでオープン前から期待の新店として話題騒然となったのだ。
食材をふんだんに使った濃い出汁で、コク深い味わいの中華蕎麦
『陽はまたのぼる』と言えば、煮干ラーメンの人気店だが、『中華蕎麦 柳』で齊藤さんが作るラーメンは煮干ではない。『陽はまたのぼる』時代に限定で出していたラーメンをブラッシュアップし、「自分が食べて美味しいなと思う、自分が好きなラーメン」を作り上げたという。麺メニューは、「中華蕎麦 醤油」「中華蕎麦 塩」「中華蕎麦 柳」の3種だ。まずは、中華蕎麦の塩をお願いした。
鶏をメインに節と煮干に貝出汁を加えたスープが、淡麗系にはちょっと太めの麺もよく絡む。「いっぱい食材を使って、濃い出汁をとってます。独立前の限定の時は透き通ったスープだったんですけど、今はわざと濁らして、キレよりはコクを出すように仕上げています」。確かに、気がつくと飲み干してしまうほどのコク深いスープだ。一方、店名を冠した「中華蕎麦 柳」はこちら。
中華蕎麦とは趣の異なる柳は、鶏だけでなく豚ガラも加え、生姜とニンニクがメインの香味野菜でとったスープだ。「きれいなラーメンよりは、力強いラーメンを作りたい」と、こちらも独立前の限定をベースに、齊藤さんが思い描いた一杯に仕上げている。スープに中華蕎麦よりも少し太めの全粒粉入り麺を合わせて、そこに刻みニンニクを混ぜるとさらに力強さが増してくる。
肉の美味しさに定評がある出身店にも引けを取らないチャーシューは、吊るし焼きの香ばしい味わい。4種のチャーシューのうち、豚バラと肩ロースの赤身は吊るし焼き。特製に入る肩ロースの脂身は吊るし焼き後、醤油ダレで煮て仕上げる。「もともと『陽はまたのぼる』ではレアチャーシューだったんですけど、自分が吊るし焼きをやりたいから、機械を買わせてほしいとお願いして、そこから作り始めてるんです」と、新店とは思えない味わいは、何年もかけて築き上げたものだった。
もう1つ、バラ先軟骨のチャーシューが特製に入る。「肉屋さんに、他じゃ使ってないような面白い肉ないですかって聞いたんです。豚のあばらの先についている軟骨部分で、これだけ煮豚ですね」と教えてもらった。
ラーメンの味と店主夫婦の人柄に魅了されて、何度も通いたくなる店
チャーシューだけではない。齊藤さんのラーメンは、食べる人を楽しませるアイディアにあふれている。たとえばスープは、オープンから少しずつ変わっているそう。「節を変えたり、煮干し変えたり。最初、貝はシジミとホタテを入れてたんですけど、いまは牡蠣とホタテに鯛の頭とかですね」。そもそも店先に「スープバランスを少しずつ変えているので、その日によって味の変化をお楽しみに下さい」と書かれている。だから、この間来たばかりなのに味が違うということもあるのだ。すでに常連客、リピーターが多そうだが、何度も訪れたくなるのがよくわかる。
実は店名には舞さんの旧姓から1文字とって“柳”と付けたそうだ。「屋号はずっと悩んでて、最初は自分の名前、齊藤にしようかと思ったんですが、いかんせんダサいなと(笑)。北小金が歴史のある町で、店の雰囲気にも合わせて和風にしようと。それに、彼女のお父さんの苗字を残したいという思いもありました」と、齊藤さんは舞さんに柔らかな眼差しを向けた。
そんな齊藤夫妻のあたたかい人柄であふれた店は、お年寄りや女性客、家族連れでも気軽に入れそうな雰囲気がある。「土日は遠方からのお客様も多いですが、平日は地元の方がほとんどですね。小さなお子様連れのお客様でも気軽に来れるように、長く付き合っていただけるようにがんばります」。舞さんも「いつか背中に赤ちゃんを背負ってお店に出るのが夢ですね!」と、頼もしい言葉と笑顔を見せた。
券売機で準備中のつけ麺を待っている人も多いだろう。帰り際に声をかけるお客様もちらほら。「もうやらなきゃいけないと思って、器は選んで買ったんです。あとは作業台と置く場所が足りないので、準備ができたら……と思ってます」。舞さんも、「いまは余裕がないのですが、お菓子やケーキを作って出したいですね」。お客様を飽きさせないさまざまなアイディアに、夫婦そろって元気に笑顔を見せる齊藤夫妻。『中華蕎麦 柳』は、一度でも足を運べばその魅力に何度も通いたくなる、とても魅力あふれる店だ。
中華蕎麦 柳
千葉県松戸市殿平賀82
11:30~14:30、18:00~20:30 日11:30~14:30
水・木曜休
※新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止策により、営業日・営業時間・営業形態などが変更になる場合があります。臨時休業など、詳しくはお店の公式ツイッター(https://twitter.com/___gnk___s)をご確認ください。
大熊美智代 Michiyo Okuma
ラーメン大好きなフリーランス編集者・ライター。ピラティスやヨガのインストラクター、ヤムナ認定プラクティショナー、パーソナルトレーナーとして指導も行なっており、美容と健康を心がけながらラーメンを食べ歩く日々。ラーメンの他には、かき氷、太巻き祭りずし、猫が好き。
本人Twitter @kuma_48_kuma
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