エリアLOVEWalker総編集長・玉置泰紀のアート散歩
開館70周年の東京国立近代美術館が、明治以降の作品から重要文化財 51点を前代未聞の公開(全部で68件、国宝は無い)
東京国立近代美術館(東京・竹橋)は2023年3月17日、東京国立近代美術館70周年記念展「重要文化財の秘密」展(2023年3月17日〜5月14日)を開幕した。同館は1952年12月に開館し、2022年度は開館70周年にあたる。これを記念して、明治以降の絵画・彫刻・工芸のうち、重要文化財に指定された作品のみによる初めての展覧会を開催する。現在、明治以降の作品で重要文化財に指定されているのは68件で(国宝指定はまだない)、今回は、そのうちの51点を展示する。重要文化財は保護の観点から貸出や公開が限られるため、それらをまとめて見ることは難しく、今回の展覧会は得がたい機会となる。
東京国立博物館は2022年10月18日~12月18日、創立150周年事業として、特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」を開催したが、近現代芸術の殿堂、東京国立近代美術館の今展は、国宝展を補完する極めて貴重な展覧会と言える。10年前の60周年展「美術館にぶるっ!」展では寄託品を合わせて13点を展示したが、今回はその後に指定された作品や、国立工芸館(石川県金沢市。東京国立近代美術館工芸館が2020年10月に移転)の鈴木長吉《十二の鷹》、そして2022年11月に新たに指定された鏑木清方《築地明石町》《新富町》《浜町河岸》三部作も加えた17件を、初めてまとめて公開する(会期中展示替えあり。鏑木清方三部作の展示期間は3月17日〜4月16日)。
筆者も足繁く通う美術館の一つだが、国立アートリサーチセンター(2023年3月28日に活動開始)の発表もあり、国立美術館群が新しいフェーズに入っていく中、中核の美術館である東京国立近代美術館70周年の展覧会を確認するため、内覧会に駆け付けた。東京国立博物館創立150周年の国宝展も強烈な内容だっただけに、思い切った展示のあり方に素晴らしい返答を見た思いだ。
重要文化財の指定は、近代日本美術史の研究の深まりの反映でもある
「重要文化財の秘密」展は、ただの名品展ではない。今でこそ「傑作」の呼び声高い作品も、発表された当初は、それまでにない新しい表現を打ち立てた「問題作」でもあったわけで、そうした作品が、どのような評価の変遷を経て、重要文化財に指定されるに至ったのかという美術史の秘密が大きなテーマとなっている。明治以降の作品が最初に重要文化財に指定されたのは1955年。以降、いつ、何が指定されたかをたどっていくことで、評価のポイントが少しずつ変わってきている事も見えてくる。すなわち、近代日本美術史の研究の深まりの反映でもある。見る側の変化も見ることができるのだ。例えば、明治以降の工芸品が指定されるようになったのは2001年以降なのだ。
普段から、東京国立近代美術館では、鑑賞者への積極的な情報提供や写真撮影の思い切った許可などを進めており、今回の展示では、「ひみつ+α」として、各作品の解説に、作品自体だけでなく、時代背景や謂れなど、バックグラウンドの解説を付けているのが面白い。また、作品のクレジットには重要文化財に指定された年も入っている。パネル展示の重要文化財指定年順年表は必見で、日本の美術の受容の流れを読み取ることができる。
東京国立近代美術館は、横山大観、菱田春草、岸田劉生らの重要文化財を含む13,000点を超える国内最大級のコレクションを誇る。19世紀末から現代アートまで、幅広いジャンルにわたる日本美術の名作を、海外の作品とともに、多数所蔵している。日本が急速な近代化を成し遂げた激動の時代、芸術家たちは日本の伝統的な美意識と西洋美術という異文化の間で、真に時代を切り開く表現を求めて続けてきた模索がそこにある。会期ごとに選りすぐりの約200点を展示する所蔵作品展「MOMATコレクション」(所蔵品ギャラリー、4~2F)は、100年を超える日本美術の歴史を一気に楽しむことができる展示で、今回のような特別展を補完して鑑賞することができる。
■この作品は見逃せない
横山大観『生々流転』
大正12年(1923年)。東京国立近代美術館所蔵。絹本墨画・画巻。
全長40mにわたって、山奥の一滴の水が渓流になり大河になり海へと注いで嵐とともに、龍となって天へ還る壮大な水の輪廻を描いている。「ひみつ+α」では、今年が本作が描かれて100年目にあたり、最初に発表された再興第10回院展初日が関東大震災が起きた9月10日であったことを教えてくれる。無事救い出されて、10月30日から、あらためて大阪で展示されたのだった。1967年に重要文化財に指定されているが、これは、制作年から44年で最短の記録である。
菱田春草『王昭君』
明治35年(1902年)。善寶寺所蔵(東京国立近代美術館寄託)。絹本彩色・額。
王昭君は中国・前漢時代の元帝の後宮の一人。元帝は宮女の美醜を肖像画で判断していたが、高潔な王昭君はほかの宮女のように、画工に賄賂を贈らなかったために醜く描かれたため、元帝は彼女の美しさを知らず、匈奴の王に女性を差し出す際に王昭君を選び、旅立ちの日に彼女の姿を見て深く悔やんだという逸話を描いている。菱田春草は横山大観とともに朦朧体を考案したが、ここではさらに改良を加え、人物を色線で引き立てている。近年の科学調査で、女性たちの衣装の部分に伝統的な絵の具に加えて西洋顔料が使われていることも判明した。
原田直次郎『騎龍観音』
明治23年(1890年)。護國寺所蔵(東京国立近代美術館寄託)。油彩・キャンバス。
ドイツで油彩画を学んだ原田は、西洋美術で歴史画・宗教画が重要であることを理解し、観音像を西洋の技法で描いた。東洋では平面的に処理される観音像を立体的に描いたことにより、生身の女性のように感じられ、当時の観衆からは「サーカスの女芸人のようだ」と批判された、という。しかし、その後、東西の異文化が出会った際の模索の典型として再評価が進み、2007年に重要文化財に指定された。
萬鉄五郎『裸体美人』
明治45年(1912年)。東京国立近代美術館所蔵。油彩・キャンバス。
この作品は、黒々とした鼻の穴や腋毛を誇示するかのように表現されており、東京美術学校の卒業作品として提出された際は、19人中16番目の成績だった。しかし、戦後は、ゴッホやマティスの影響を受けた主観的表現の最初の作品として、個性の尊重された大正時代への扉を開いたと再評価され、2000年に重要文化財に指定された。萬自身、「これはゴッホやマティスの感化あるもので半裸の女が赤い布を巻いて鮮緑の草原に寝転んでヘイゲイしている図」と説明しており、画家から見つめられるモデルが逆にこちらを見下ろしている作品だ。
鈴木長吉『十二の鷹』
明治26年(1893年)。国立工芸館所蔵。青銅の地に金、銀、赤銅、朧銀による象嵌、鋳造。
色とりどりの金属で作られた鷹十二羽が大緒で繋がれ、木製漆喰の架に、それぞれの姿形で止まっている。1893年のシカゴ万博に出展。美術商の林忠正のアイデアで、鷹狩の伝統様式を各分野総勢24名の技術者の力を結集して制作された。このために、実際に鷹を飼い、骨格や体形、習性を観察した。近年の科学調査で、当時の最新技術である電気メッキが使用された可能性が指摘されている。重要文化財に指定されたのは2019年で最近のこと。
■ミュージアム・グッズ
最近人気のアクリル板を活かしたものや布バッジなど、多様な作品が魅力的なグッズに仕上がっている。
■音声ガイドナビゲーター
声優の小野大輔さんとフリーアナウンサーの新井恵理那さん。小野さんがヒミツ案内人に扮して、展示作品にまつわるクイズを出すという趣向だ。
■開催概要
会場:
東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3-1) 1F企画展ギャラリー
会期:
2023年3月17日~5月14日
休館日:
月曜日(ただし3月27日、5月1日、8日は開館)
開場時間:
9時30分~17時(金曜・土曜は9時30分~20時)
※入館は閉館30分前まで
※本展会期中に限り9時30分開館(ただし「MOMATコレクション」は10時開場)
観覧料:
一般 1800円
大学生 1200円
高校生 700円
同時期の開催:
「美術館の春まつり」(2023年3月17日~4月9日)、「修復の秘密~コレクションによる小企画」(2023年3月17日~5月14日)、「MOMATコレクション」(2023年3月17日~5月14日)の詳細については、以下の東京国立近代美術館の公式サイトより確認を。
https://www.momat.go.jp/am/exhibition/
■公式サイト
https://jubun2023.jp/
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