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新HomePodの実力にレコーディングエンジニアが迫る〜カジュアルリスニング端末として秀逸

2023年03月12日 12時00分更新

文● 山崎 潤一郎 編集●飯島 恵里子/ASCII

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空間オーディオの醍醐味を味わえる

 「空間オーディオ」も試した。アップルは、複数ある空間オーディオフォーマットにおいてDolby Atmos形式を採用している。アップルが空間オーディオのプロモーション用に用意したApple Musicの「Official髭男dism: ステレオから空間オーディオへ - Single」を聴くと、音像が自分の頭を中心とした360度の球体状に広がる感覚を味わえる。まさに空間オーディオの醍醐味ここにあり、といえる体験だ。

アップルが空間オーディオのプロモーション用に作成した「Official髭男dism: ステレオから空間オーディオへ - Single」は、ステレオとの違いがよくわかる

 ただ、空間オーディオコンテンツのミキシングは方法論が定まっているわけではなく、音楽制作者の間でも皆がそれぞれの信念に基づいて制作しているので、広がり感や音像の作り方はコンテンツにより様々だ。これぞ、空間オーディオというものもあれば、ステレオとの差異を知覚しずらいものもある。

 Apple MusicにDolby Atmosコンテンツを提供する場合、ステレオ版も同時に提供することが求められているので、macOSで聴く場合、リスナーは両方を切り替えながら聴き比べることができる。

「設定」アプリでドルビーアトモス適用の有無を設定できる。コンテンツが空間オーディオに対応していれば強制的に空間オーディオで再生された

 その一方で、iOSやiPadOSにおいては、コンテンツが空間オーディオに対応していれば強制的に空間オーディオで再生されるようだ。「設定」アプリの「ミュージック」で「ドルビーアトモス」をオフにしても音像や定位は変化しなかった。

 HomePodで空間オーディオのコンテンツを聴くと、ステレオとの比較において、確かに音像や楽器の定位が変化し、広がりを感じるものが多いのは確かだ。ただ、ここでもリスナーを戸惑わせる現象が発生する。

アップル独自のレンダリングエンジンで再生

 まったく同一のコンテンツを再生しているにもかかわらず、macOSで再生する場合とiOSやiPadOSで再生する場合とでは、空間オーディオの広がり感が異なり、音像や定位がまったく違って聞こえるのだ。

 おそらくこの現象は、iOSとiPadOSが、Dolby Atmosコンテンツの再生時、独自のレンダリングエンジンを使用していることに関係しているのではないだろうか。ちなみに、SiriでHomePodに対し曲名を指定した場合もiOSやiPadOSに準ずる音像で聞こえる。

 iOSとiPadOSが、Dolby Atmosの仕様とは異なる独自のレンダリング処理をしていることは音楽業界ではよく知られた話で、「Apple Musicの空間オーディオコンテンツをAirPodsなどアップル製のイヤホンで聴くと、他のプラットフォームとは異なる音になる」と困惑するエンジニアは多い。

アップルはDolby Atmosの自社製イヤホン・ヘッドホンにおけるバイノーラル再生で、独自のレンダリング処理をしている。HomePodも同様のようだ

 おそらく、HomePodの再生時も独自にレンダリングをしていると思われる。今回、筆者は主にボブ・ジェームスの「Feel Like Making LIVE!」を再生して聴き比べを行ったのだが、iOSとiPadOSで再生すると、確かに広がり感は抜群なのだが、音像が右に偏りすぎて変な広がり方をしている。

 このアルバムは、空間オーディオ制作の第一人者ともいえるWOWOWの入交英雄氏がミックスをしたものだ。入交氏本人も筆者の取材に対し「Apple Musicで再生すると他とは異なって聞こえる」とコメントしている。

 その一方で、macOSから再生すると独自のレンダリングはしていないようで、広がり感は後退するものの、定位感のはっきりとした音響空間が構築される。こちらの方が安心するが、空間オーディオという意味では物足りない印象だ。

 おもしろいことに、Amazon Music UnlimitedのiPhoneアプリからDolby Atmosコンテンツを聴くと、macOSとまったく同じ様に聞こえる。ここからも、Apple MusicをiOSとiPadOSの「ミュージック」アプリ、およびSiriで曲を指定して聴くときに限って、独自のレンダリング処理が走っていることがうかがえる。

カジュアルリスニング端末として秀逸なでき

 コンピュテーショナルオーディオと空間オーディオについては、音楽制作者の目線で辛口の批評に終止してしまったが、一人のリスナーの立場でカジュアルに音楽を聴くための端末としてHomePodを評価すると、実に秀逸なスピーカーであることはまぎれもない事実だ。

 ステレオペアで購入すると9万円弱にはなるが、この予算でこれだけの音質を有したスピーカーを手に入れることができるのは意義深い。また、音楽再生だけでなく、スマートホーム端末としての機能も手に入れることができるわけで、ユーザーの満足度は総じて高いのではないだろうか。惜しむらくは、物理的な外部入力端子が存在しないことであろう。

 

筆者紹介――山崎 潤一郎
 音楽制作業及びレーベル「Pure Sound Dog」を運営する傍らライター活動もする。プロデューサーあるいはレコーディング・マスタリングエンジニアの立場でクラシック音楽を中心に、アコースティック系のアルバム制作を数多く手がける。

 

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