2023年度のリニューアルオープンに向けた大規模改修工事のため、長期休館中の横浜美術館。美術館のスタッフはお休みのあいだも忙しく働いているようですが、彼らはいったい何をしているの? そもそも美術館のスタッフってどんな人?
そんな素朴なギモンにお答えするシリーズ第7弾は、美術情報センターの司書が登場。アート関係の図書資料が揃う美術情報センターは、美術館内にあってだれでも無料で利用できるスペースです。これまではちょっと目立たない存在でしたが、リニューアルを機に、館内で公園に面したフロアにお引越し。よりみなさんに親しんでいただける図書館を目指して、オープンに向けた準備を進めています。
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「アートでめぐる横浜18区」保土ケ谷区編 今につたわる今井川のほとりの小さな社―亀井竹二郎が見た明治初期の保土ヶ谷宿
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アートで暮らしに彩りを。ヨコハマ・アート・ダイアリー
本に触れて、多様な考えや表現を知り、世界が広がる。
気軽に相談してください。一緒に本を探しましょう!
蔵書のデータを整理・管理して、みなさんの情報へのアクセスをサポート
――司書って、何をする人?
長谷川:一言でいうと、図書の分類、目録作成などを行う専門職です。カウンターでの図書の貸し出しや、利用者からの問い合わせに対応する情報サービスなども行っています。ベストセラーになった『100万回死んだねこ』で、タイトルの覚え違いに対応する司書の仕事が話題になりましたが、実際、断片的な情報から「こんな本ありますか?」と尋ねられることは、よくあること。最初に聞かれたことと本当に知りたいことに距離がある場合もあるので、思い込みをせず、情報を整理し、記憶をたどってゆくインタビューの過程を大切にしています。利用者が求める資料を一緒に探すことも司書の仕事なので、気軽に相談してください。
――その他には?
長谷川:レファレンスのような表から見える仕事に加えて、本のデータ蓄積・管理も大切な仕事で、実はこちらがメイン業務といえます。さらに傷んだ本を修復したり、酸化防止の手当てをするなど、バックヤードの仕事もたくさんあります。
――「図書の分類」とは、どんなことをするの?
長谷川:図書館で本を手に取ると、背表紙に数字や記号を印字したシールが貼ってありますよね、アレです(笑)。本の内容やテーマによってグループ分けを行い、本を順序よく並べ、探しやすくするための方法で、日本の図書館では「日本十進分類法」を使用。あらゆる知識を0〜9の数字を用いて分類します。美術情報センターの蔵書は、当然のことながら「芸術」分野の700番台が多いですね。
――分類の仕方は全国共通なの?
長谷川:公共図書館ではその統一ルールで運用されていますが、私たちのような専門図書館の場合、作家を中心に捉えたり、美術館と関連の深い分野に軸に据えるなど、各館の方針によって細かな分類に差が出ることはあるようです。
――なぜ司書になろうと思ったの?
長谷川:私は母が司書だったこともあり、「司書」という職業は早くから選択肢に入っていました。司書に共通する性質として「活字中毒」と呼ばれる症状があるのですが、私も子どもの頃からそうでしたから(笑)。
――その中でも、なぜ美術館の司書に?
長谷川:美術にも興味があったので、大学では美術史を学びました。そして、活字と美術の両方に携われる仕事として「美術館の司書になりたい」と考えたんです。間口の狭い世界なので時間はかかりましたが、縁あって東京都現代美術館に司書として就職。そこで12年ほど経験を積んで、2018年に横浜美術館に着任しました。
――横浜美術館の蔵書の特徴とは?
長谷川:横浜美術館の美術情報センターでは、主に国内外の展覧会カタログや美術に関する図書、美術雑誌を収集しており、10万冊単位の本を所蔵しています。国内外の美術館から刊行物をご寄贈いただくほか、当館の収集方針に則って、収蔵作家に関する資料などを重点的に集めるようにしています。ただ、予算の都合もあり、必要な資料を全て揃えられないなど悩ましさもあります。本のデータが欠落している部分もあるので、まずは検索した際に適切な資料がきちんとヒットするよう、コツコツとデータを補完する作業を進めています。
ちなみに、蔵書の中には、収蔵作家のマグリットが旧蔵した書籍類や、『ペリー艦隊日本遠征記』(Narrative of the expedition of an American Squadron to the China seas and Japan performed in the years 1852, 1853, 1854)のような貴重書も含まれています。
――とても貴重な本なんですね
長谷川:本書は、ペリー提督が、1852年11月にアメリカ東海岸を出航してから1853年7月に日本に到着するまでのあいだに立ち寄った地においての記録に加え、浦賀沖から日本に上陸した後の滞在期間中に収集した様々な情報を、のちに歴史家のフランシス・L・ホークスがまとめたものです。記録のために同行した画家のヴィルヘルム・ハイネによる農業、植物、鳥類、魚類などの図版も充実しており、とても貴重な資料です。
――司書の仕事の面白さとは?
長谷川:資料に触れているだけで楽しいのですが、いちばん楽しいのは、その資料からいろんな人の考えや表現を知ることができることです。新しく入った本に関しては、ザッとですが、必ず目を通します。目次内容だけでも自分の頭にインプットしておけば、レファレンスで問い合わせを受けた際にピピッときますから。もちろん全てに目を通すことはできないので、古い蔵書の中にはまだ私が気づけていない資料があるはずです。利用者から請求があって「あ、こんな本があるんだ」と再発見することもあり、日々勉強ですね。
――美術情報センターってどこにあるの?
長谷川:休館前はグランドギャラリーのひとつ上の階にあったので、残念ながら気づかない方も多かったかもしれません。でも、高価な海外の美術雑誌や専門書も多数揃っていて、それがすべて無料で利用できるのですから、使わないなんてもったいないですよ(笑)。
リニューアル後はグランドギャラリーと同じフロアに引っ越すので、アクセスは格段に良くなります。従来もやってきたことですが、企画展が開催される際は関連資料のコーナーを設けるので、企画展をご覧になった「ついで」に立ち寄ってみてください。さらに広い世界が楽しめますよ。
――リニューアルオープンに向けて、着々と準備が進んでいるようですね
長谷川:はい。みなさんに広く親しんでいただける図書室を目指すと同時に、専門家やこれから美術を勉強したい方のニーズに応えられる、専門図書館としての機能も充実させたいですね。現在、蔵書の方針を再構成している最中ですが、収蔵作家や横浜ゆかりの作家の資料に関しては、重点的に揃えていきたいと思っています。
これと並行して、蔵書管理のシステム入替も進めています。より多くの項目で蔵書が検索できるようになることを想定しており、公開できる情報量も格段に多くなる予定ですので、楽しみにしていてください。
――利用したくなるような、とっておきの情報を教えてください!
長谷川:先ほど紹介した『ペリー艦隊日本遠征記』のような貴重書は利用制限を設けていましたが、資料によっては事前申請などを経て利用できるようにしたいと思っています。可能な限り資料を利用しやすい環境を整えて、みなさんに親しんでいただける図書室にしていきたいですね。
横浜美術館は街中にあるので、買い物やお散歩のついでに、ぜひ気軽に立ち寄ってください!
長谷川 菜穂(はせがわ・なほ)
福岡出身。大学在学中に司書資格を取得。専門機関やアートセンターで勤務した後、東京都現代美術館美術図書室に在籍。2018年より現職。美術情報センターの運営に関わる業務全般を担当。現在はリニューアルオープンに向け、ハードからソフトまでの様々な課題に取り組む。
<わたしの仕事のおとも>
『日本十進分類法』(日本図書協会・刊)
司書にとって必須の一冊です。辞書と同じように、新しい分野が生まれると分類が追加されるため、近年は分類の細分化が進んでいます。
<わたしの推し!横浜美術館コレクション>
カウンターでレファレンスを受けると、いろんな相談が寄せられます。以前、利用者から「裸の女の人が歩いていて、汽車があって、階段がある絵、を描いている画家」という問い合わせを受けました。まさにクイズですよね。実はその数日前、テレビ番組でポール・デルヴォーの特集をやっており、私はたまたまそれを見ていたんです。だからすぐにピンときて、ポール・デルヴォーの画集をご紹介し、一件落着となりました。困った時は気軽に相談してくだい。一緒に考えましょう!
※この記事は下記を一部編集のうえ、転載しています。
―note「美術館のひとびと」
https://yokohama-art-museum.note.jp/n/n0f37df4656c9