予約受付1件につき30分かかるとパンクしてしまう
ワクチン接種予約は、自治体によってやり方が異なる。たとえば、糸魚川市の隣になる上越市は、接種の意向がある市民に対して予約日時と会場を指定するやり方で、予約はとらず、都合の悪い人だけが連絡する。また、同じくkintoneを導入している兵庫県の加古川市は、接種したい希望の日時を指定し、抽選する方法をとっている。一方、糸魚川市は、電話とインターネットで希望日時の予約をとっていくというオーソドックスなやり方だった。
下越氏がコールセンターのプロジェクトに関わり始めたのは、まさにテレワークオフィスが見積もりを作るところだった。下越氏のアドバイスを元にした提案で、結果的にテレワークオフィスが業務を受注し、要求仕様にある9~17時の5回線のコールセンターを構築した。位置づけとしては、高齢者を中心とするインターネット操作が困難な方に向けて、予約を電話で受け付け、自治体専用デジタル化総合プラットフォーム「Logoフォーム」(トラストバンク)を使ったネット接種予約センターへのデータエントリを代行するという役割になる。
しかし、下越氏は当初から電話受付に限界を感じていた。「接種券番号、住所、氏名、年齢を聞き出し、本人確認を行なってからシステム入力になる。でも、これだと1件の電話でデータを入れ終わるまで、30分近くかかってしまう。1件30分かかる電話を5回線で受けても、明らかに期待どおり受け付けるのは困難。なんらかのシステムが必要になりました」と下越氏は語る。
ここで登場したのが、サイボウズのkintoneになる。下越氏とkintoneの関わりは、前職であるアシスト時代で、営業マネージャーとして手がけていたSFA製品がサイボウズに買収されたり、アシストが販売代理店として売っていたDataSpiderがkintoneと連携したり、扱っている人脈も含めて浅からぬ仲だった。そこからサイボウズに問い合わせた結果、すぐにkintoneの導入を進めた。「やりたいのは電話を効率的に受けること。1件30分かかっている電話を10分程度に抑えないと、電話がパンクする。だったら、10分に抑えるためにはなにが必要かを相談しました」(下越氏)。
これを実現するために、市と相談の上、今回は住基ネットのマスターデータを活用することにした。マスターデータを予約受付システムに登録することで、電話口では接種券番号だけを聞けば、他の個人情報がわかるようになる。このオペレーションを前提に下越氏はkintoneのテーブルを設計し、サイボウズの公共部門の営業である瀬戸口紳悟氏の支援を受け、迅速にシステム化にこぎ着けた。瀬戸口氏は、官公庁・自治体専任のチームを自ら立ち上げ、自治体支援の強化を図ってきた立役者だ。
下越氏がkintoneを導入したのは、コールセンターのデータ入力の効率化だけでなく、今後必要になる接種管理のデータベース化という目的もあった。ワクチン接種予約が始まった当時、現在国が使っているワクチン接種円滑化システム(V-SYS)とワクチン接種記録システム(VRS)は稼働していなかったが、両者へのアップロードを前提にデジタルにはこだわったという。住基ネットのデータでは西暦で表記されているデータも、インポートされたkintone上では和暦でも表記されるようにした。こうした柔軟な設計もkintoneの大きなメリットと言えるだろう。
イレギュラーだらけのワクチン接種でkintoneが活躍
糸魚川市のワクチン接種予約システムのフローは、接種開始後も変遷があった。基本は、接種券番号の書かれた接種券が、年代別に区切って送付され、集団接種会場での接種を希望する市民は、電話予約か、ネットサイトで予約することになる。糸魚川市の場合は、圧倒的に電話が多かったという。
テレワークオフィスでワーカーが電話を受け、接種券番号をkintoneのシステムに入力すると、住所、氏名、年齢を表示。同じくkintoneで作った別のアプリで接種場所と空き状況を確認したら、予約情報をLoGoフォームに登録することになる。つまり、kintoneは電話受付を効率化するためだけに用いられており、予約自体はあくまでLoGoフォームが担っていたわけだ。
しかし、いざワクチン接種予約が始まると、現場では臨機応変な対応に迫られた。電話がつながりにくいという状況に対応するため、予約用ハガキでの受付を始めたことや、市に届くワクチン量の増減への予約枠の変更等、急な対応が必要だった。ワクチンを無駄にせず、迅速に接種率を上げるために、さまざまなイレギュラーが発生したのだ。
システムの不都合を見越した下越氏は、2020年の夏頃にワクチン接種を管轄している部門と相談。結果、補助システムだったkintoneを予約管理システム本体に格上げすることにした。具体的には、ネット予約の登録はLogoフォームに残したまま、データをCSVファイルでkintoneに取り込むようにした。
ワクチン予約システムをkintoneに統合したことで、「予約日時を忘れてしまった」といった電話の問い合わせにも迅速に対応できるようになった。また、集団接種会場で必要な予約リストも、今まではLogoフォームとkintoneのデータを市の職員が手動でマージして会場に送っていたが、これもkintoneに統合したことでマージ作業が不要になった。「当日の予約をすべて受け付けてからマージ作業が始まっていたので、担当課は大変だったと思いますが、kintoneを主とすることでその点は改善できたようです」(久保田氏)。
加えてkintoneから出力されたデータを5日分Excelにペーストし、メールで集団接種会場の担当者に送るという手作業もすべてクーペル製のRPAで自動化されたという。ここらへんはITやデジタル化の恩恵を直接受けられるところだ。
予約を受けるテレワークオフィスの現場でも、システム化のメリットは大きかった。特に住基ネットのマスターデータを活用できたことで、本人確認が迅速になり、処理精度は高かったという。「ワーカーさんは地元の人なのですが、実際に電話で受けてみると、知らない地名がけっこういっぱいあるんですよ。名前も電話で受けていたら、たぶん転記ミスも多かったと思います」と下越氏は振り返る。
そして、まさにDXという文脈になるのだが、kintoneの予約管理により、データドリブンな意思決定が可能になったという。「接種券の配布数に対して、どれだけ電話が来るかデータで読めるので、5回線で足りないことが明確になったんです。接種券配布計画から、電話受信料を想定し、準備できるようになりました」と下越氏は語る。