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高齢化社会の課題となる「聴こえの問題」に取り組むFILLTUNE

2021年09月15日 19時00分更新

文● ASCII

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 補聴器で聴こえない音を届けたい。そんなコンセプトを掲げた聴覚サポートデバイスが、FILLTUNEの「CLEAR」だ。

 通常の補聴器は聞こえにくい音の音量を上げる仕組み。音は耳の鼓膜を使って認識される。しかし、加齢などで音が聞こえにくくなるのは、その先にある有毛細胞自体が損耗してしまうためだという。有毛細胞は蝸牛と言われる器官の中にある。蝸牛の中にはリンパ液が満たされており、鼓膜から骨を伝って増幅された振動によってリンパ液が揺れ、この揺れに応じて有毛細胞が動く。有毛細胞の根元にはラセン神経節(内有毛細胞)があり、有毛細胞が動くとそれに連携して電気的な情報を発生する。これが聴神経を通じて脳に情報を伝えるのだ。

 有毛細胞はすり減ると元に戻らないと言われている。説明が複雑になったが、加齢などが原因で起きる適応性難聴は、振動である音を電気的な信号に変えるセンサーが十分に働かない状態ということになる。有毛細胞は約1万2000本が3列に並んでいるという。補聴器は機能が残っている有毛細胞をうまく使いながら、音が聴こえるようにするデバイスであるが、有毛細胞が失われてしまえば、どれだけ振動を与えても根本的な解決にはならないということになる。

 ただし、有毛細胞がすり減ってしまっても、ラセン神経節自体の機能は保持されている場合は多いという。CLEARが採用している「PRESTIN」エンジンは鼓膜ではなく、骨などを伝って直接ラセン神経節に刺激を伝える仕組みだ。これにより、有毛細胞の機能が失われてしまった場合でも、昔と変わらない明瞭な音が聞こえる可能性があるという。

 CLEARは写真のようにヘッドホン型の機器になっている。内蔵マイクで収音してそれを耳に届けるのが基本だが、Bluetoothレシーバーも内蔵しており、スマホなどとワイヤレス接続し、音楽や動画を楽しむことができる。両サイドにある円形のパッドのような部分にはPRESTINエンジンがつながっている。これをこめかみなどに密着させて使う。使ってみると、聴診器のような感じでぺたりと肌に触れる感じだ。

 FILLTUNEは、このPRESTINエンジンを約10年にわたって開発し性能向上に努めてきた。当初は非常に大きなものだったが、CLEARに搭載するものは33gと当初の1/10以下の重量にまで小型化している。種類としては骨伝導デバイスの一種と言えるが、最高技術責任者の國司哲次氏によると、一般的な骨伝導ヘッドホンに持っているイメージとはまったく異なる技術と性能を持ったデバイスになっているという。

 特徴のひとつはラセン神経節にまで情報を伝えられるパワーを持つ点だ。一般的な骨伝導デバイスは圧電式のデバイスを用いている。一方、FILLTUNEでは超磁歪みという磁気によって金属分子が変異する現象を用いており、側頭骨や皮下脂肪で振動が減衰することなく、ラセン神経節細胞まで音を届けることができるとする。また、振動の周波数についても高く設定されている。

 國司氏の説明では、従来の骨伝導デバイスではサンプリング数1/1000秒程度の明瞭度だったが、PRESTINエンジンでは最低でも1/10万程度の性能が得られるという。応力・加速度とも一般的な骨伝導デバイスと桁が違う性能を持つデバイスとなる。特に応力(振動が伝わる力)が弱いと、皮下脂肪などで減衰しやすくなり、低い周波数は伝わるが高い周波数は伝わらない。例えば、サ行、カ行、タ行などの子音は2kHz以上の周波数となり、ここが不明瞭になると会話が難しくなる。一般的な骨伝導デバイスの応力は105g程度が目安とのことだが、PRESTINエンジンでは39kgと圧倒的に高い力が出せるのが特徴だ。

 ただ、國司氏はこうした技術的な優位性よりも、補聴の目的である明瞭度をFILLTUNEのデバイスであれば担保できるという点を強調していた。子音の区別はそのひとつだが、ただ音が聞こえるだけでなく、どうすれば脳が明瞭に聴こえていると感じるかを知り、それに合った方法を選び、結果として健常者と同じようにスムーズな会話ができるようにすることが重要だとする。そのためには、脳科学の視点を持ち、これまでと異なるアプローチで製品を開発する必要があるし、既存の補聴器やヘッドホンを大きく超える情報量が必要だという。

國司 「技術的な部分よりも不可能なことが可能になることで、生活や人生の何が良くなるのか。テレビの音が聞こえるし、音楽も楽しめるし、歌詞の内容も分かる。介護施設に面会に来た家族と会話ができ、利用者とヘルパーの間で円滑にコミュニケーションが取れる。これら全部できないとダメだし、既存の補聴器などではそのための明瞭度が確保できない。できなかったことをできるようにしたい」

 FILLTUNE CLEARは現在クラウドファンディングを実施中で、まだ試作状態のデバイスである。完成品ではないが、プロトタイプでその性能を少し試すことができた。耳栓をした状態で人の声や環境音、iPhoneに入っている音楽を聴いてみたが、まず感じたのは、非常に自然でリアルとそん色ない音が聴こえるという点だ。特に高域方向の解像感が高く、非常に優れていた。こめかみ付近にあてるパッドも聴診器を当てられたようにぴったり(しっとり)と密着し、違和感がない。装着性については、今後改善を続けていくそうだが、重さについてもハイエンドのヘッドホンぐらいで重すぎるという印象はなかった。  現状ではマイクなどが利用できない状態だったが、今後完成度が上がってくると思うので、その進化にも期待したい。

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