インキュベーションやスタートアップ支援などの機能を併せ持つ、鹿児島の複合施設「Mark MEIZAN(以下、マークメイザン)」。そのオープニングイベントで行なわれた「地方のまち・ひと・しごと、ポジティブに鹿児島を選ぶ理由」では、マークメイザンのプロデューサーである永田 司氏がモデレーターとなり、GMOペパボ 代表取締役社長 佐藤 健太郎氏とデロイトトーマツベンチャーサポート 九州地区リーダー 公認会計士 香月 稔氏が地方での働き方について考えるヒントを多く与えてくれた。
東京では「その他大勢のひとり」でも、地方では中心人物になる
永田:早速なんですが、香月さんはずっと佐賀ですよね? 上京するという選択肢もあると思うのですが、なぜずっと九州で活動しているんですか?
香月:一言でいえば佐賀が好きだからです。このエリアが、空気が自分を作ってきたアイデンティティで、自分の場所はここだなって思っています。強いて言うなら、東京にも気軽に行ける距離感を作れているので九州から出て行かないし、むしろ九州でできる新しい価値を創造する方が楽しいので、九州でやっています。
永田:佐藤さんは創業が福岡で、その後東京に移転していますよね。
佐藤:創業1年後くらいから、東京に出て行かないといけないなと考えていましたね。今でこそ福岡発のスタートアップは増えていますが、IT系の会社をやっていくには15年前の福岡には全然情報がなかったんです。ちょうどその頃に何社かオファーをいただいて、その中の一社だったGMOに資本参加してもらったタイミングで東京に本社を移しました。移転というよりは進出したという感じですね。
永田:地方でビジネスをするメリット、デメリットもあると思いますが、個人的な感情も大きいのかなと感じます。福岡が好きだ、佐賀が好きだっていう気持ちですね。ペパボさんが鹿児島に拠点を設けたのも、鹿児島に可能性を感じるというだけではなく、佐藤さんが鹿児島を好きだっていう要素があるんですよね。
佐藤:新しい拠点を開く場所を選ぶときに、一番大きいのはやはり個人個人の思いなんですかね。鹿児島に拠点を開いたのも、私のわがままです(笑)
香月:鹿児島に積極的に出す理由って、経済合理性だけでは測れませんよね。
佐藤:鹿児島が特別有利という訳でもないけれど、自分の出身地で、人脈もあり、鹿児島出身の社長がやりますって言えば応援してくれる人も出てきてくれると思います。そういう意味では、経済合理性とは違う部分で地の利みたいなものはあると思っています。
香月:経済合理性とつながるかどうかわからないけれど、九州でやることにビジネス的なメリットはあると思いますよ。九州って声が大きい人が少ないから、声を上げた人のところに情報が集まってビジネスの中心になるんです。もし東京で同じ出力を持って挑んでも「その他大勢」にしかならないでしょう。
佐藤:声の大きさも重要ですが、九州の中でも宮崎や福岡は行政がちゃんと取り組んでくれているという印象があります。福岡でさくらインターネットさんとFukuoka Growth Nextの運営をすることになっているんですけど、高島市長がリーダーシップを取って特区を制定したりスタートアップを誘致したりと、行政の人たちが積極的に動いてくれるんですよね。Fukuoka Growth Nextのイベントにも市長が参加してくれるし、それを受けていろいろな人たちが自発的に動き始めています。
行政と地域のコミュニティが密にコミュニケーションを取ってうまくいっている例ですね。宮崎の場合も、GMOグループとして150人くらいの拠点を持っているのですが、行政の人たちがちゃんとセールスをしてくれていて、市長や知事がちゃんとコミュニケーションを取れるような関係性があります。
永田:東京に近いほど東京に働きに行ってしまう逆ドーナツ化現象もエンジニアの世界では起きているようですが、佐賀ではどうですか? 福岡は九州の中では目立っていてIT系も多いので、佐賀や大分では同じような状況が起きてはいないのでしょうか?
香月:佐賀にもエンジニア企業は一定数いらっしゃいます。佐賀出身企業が開発拠点を作ったり、デバッグセンターを持って来たり。オプティムという佐賀大学発ベンチャー企業は、佐賀大学の中に本店があるんですよ。佐賀県とオプティムと佐賀大学が連携しているんです。こんな環境は、地方じゃないとできないと思いますね。
永田:産学連携もやりやすいのは地方ってことですね。だったら、そういうのを目的としてもいいですよね。大学と一緒に研究したいから地方で起業するとか。
地元で活躍するために東京に出て、外からの視点を得るのは有効
永田:一次産業は経済合理性も含めて九州進出のメリットがあると思いますが、おふたりはどう見ていますか?
香月:九州の未来は食だって思っています。でも当たり前すぎて、みんな気づいていませんよね。「こだわり野菜を届けます」っていうサービスとかが、東京の人たちにはウケます。それって魅力に気づいた農家さんが近隣の農家から野菜を集めて届けていたりするんです。恵まれているから気づいていないだけで、価値として転換できる要素がたくさんあります。
僕自身も一番困るのが、佐賀のホテルや観光名所を聞かれることなんですよね。佐賀に住んでいるので佐賀のホテルに泊まることはないし、観光スポットも当たり前すぎて価値を価値と感じるのが難しい。
佐藤:私も鹿児島から県外に出てみて、鹿児島の良さが外からわかりました。
永田:僕も鹿児島に住んでいた頃は、桜島の灰など嫌なところばかり感じていて。でも東京から帰ってきてみたら、都市と桜島がこんなに近くに存在しているってことに改めてびっくりして、30分くらいずっと桜島を見ていたことがありました。
香月:住まなくてもいいと思うけど、東京とか他の場所に出て行く経験はあった方がいいですね。情報感度は高めておく方がいいし、そのために東京に行くというのもいいことだと思います。逆に九州に足を運ぶ企業も増えています。北海道で成功している酪農系の会社も、九州によく来ていますよ。九州って一次産業のリアルな場を持っているのに、テクノロジーと分断されてしまっている。まだ価値が眠っているとつねづね思っています。
佐藤:鹿児島も一次産業、特に農業は一番の売りだし、他の産業よりウェイトが高いのでそこは推していった方がいいと思いますね。われわれは自分たちをネット系の会社だと思っているけれど、ネット系っていうくくりはそのうちなくなると言っています。どの産業にもネット、テクノロジー、ITが浸透して、我々のような会社はなくなる未来が来るだろうと。そうなる前にちゃんと他の業種と連携できるようにしていかないとだめなんです。
鹿児島ならではのIT化、環境のIT化、資源のIT化をしていかないと、ネット系というくくりでは戦えなくなるという危機感があります。逆に他の産業もテクノロジーでどんどん盛り上がっていくはずなので、デジタルトランスフォーメーションは地方と相性が良いはずです。デジタルトランスフォーメーションによって、どんな企業もテクノロジーを活用する会社にどんどん変わっていく。一次産業も例外ではありません。
東京はブラウン管の向こうの世界ではなく、お互いに情報を与え合う関係を築ける
永田:地方でビジネスをしていて課題に感じるのは、どのような部分なんでしょう?
佐藤:ITあるあるかもしれませんが、ニアショア的に扱われることがあるんですよ。生活コストが低いから、給料もそれなりだろうという前提で、同じ案件でも安価に依頼しやすくなるというのが現状です。
香月:福岡のエンジニア界隈でも聞く話です。そういう環境を無視して、うちのエンジニアには東京と同じ水準で給料を払うっていう企業が出てこないといけませんね。
佐藤:ペパボでは評価基準は全国一律です。東京でも福岡でも鹿児島でも一緒。だから福岡や鹿児島で働く方がQoLが高くなるはずです。東京は生活コストが高いじゃないですか。鹿児島の最低賃金は全国で一番低く設定されていますが、そもそも最低賃金を県ごとに作る必要があるんでしょうか。グローバルで見ると、中国やロシア、カナダなど面積が広い国でしか見ない制度なんですよ。賃金の安い地方で働く人が減ってしまうので、最低賃金を県ごとに作らない方がいいんじゃないでしょうか。最低賃金を全国で一律にした方が働く人は定着するんじゃないかと思うんです。
永田:東京と同じ賃金を払うためには、企業母体自体も全国に展開していないと難しいでしょうね。たとえば鹿児島の仕事だけをしている企業は、鹿児島の単価のスパイラルに巻き込まれます。受けている仕事の単価が低いから、給料も都会より低くなる。でも人材としてポテンシャルはどうなんでしょう。ペパボさんは鹿児島オフィスのオープニングパーティなどで多くの人と交流したと思いますが、東京や福岡と違うなと感じたところはあります?
佐藤:差はそんなに感じませんね。ただ、尖っている人たちはやはり、一回外を見ている人たちです。県外で働いたり、学校に行ったり、1回でも外に出たことがある人です。鹿児島での活動にいくつかのテーマを持っているんですが、そのひとつが県外に出ていない、ずっと鹿児島にいる人たちのテンションを上げて全国区に排出するということ。Twitterで「#勝手に鹿児島大使」というハッシュタグで呼びかけたら、いろいろなことをやっている人が出てくるんです。こういう人たちをピックアップしてあげて、名を売れるようにしてあげれば、外に行かなくても面白いことをしている人たちをどんどん増やすことができるはずです。
永田:ペパボさんのハンドメイドマーケット「minne」は、まさにそういう人たちをピックアップして売り出せるサービスですよね。トーマツグループでも「モーニングピッチ」という取り組みがあると聞きました。
香月:毎週木曜日の朝7時から、ベンチャー企業がプレゼンする一風変わった取り組みです。5年前にスタートした初回のオーディエンスは6人でしたが、いまは毎週朝7時に150人ほどが集まります。平日朝に開催している理由は2つあり、仕事で行ってこいと言われる人を来させないことと、仕事があって行けない人を来させること。だから場の熱量がとても高いんです。私は普段から地方にいるということを声高に訴えているので、九州の企業もちょこちょこ登壇させてもらっています。
永田:都心部の方が母数は多いと思いますが、東京と地方のレベルの差みたいなものを感じることはありませんか?
香月:レベルの差を感じるというより、持っている情報が違うという気がしています。東京の企業がネットで集められる情報って、加工された二次情報だけ。地方のリアルな情報を都会の企業も欲しがってるんです。あとこれは個人的な感覚なんですが、地方にずっと住んでいると東京ってブラウン管の向こうの世界みたいに感じてしまうことがあります。でも実際に会って議論すると意外と自分の言うことも聞いてくれるし、自分でもやっていける世界なんだって感じることができます。
永田:お互いに接点や情報を求め合ってるんですね。
香月:東京の企業から「九州に展開したいんだけど」っていう相談が最近は増えています。九州にまで商圏を広げたいというのが大きな理由ではありますが、やっぱり地域特性に惹かれるという背景もあると感じています。東京でガツガツやってきた人たちが、ふと地方を振り返って、やっぱり地方でやりたいと思う瞬間があるのではないでしょうか。
リーダーシップとフォロワーシップの関係性は地方の方が作りやすいかもしれない
永田:地方でビジネスをするメリットを中心に語っていただきましたが、逆にリスクとして捉えているのはどの辺りになるのでしょうか。
佐藤:人材を確保できるかどうかですね。我々はニアショアを作りたいわけではなく、モダンなことをしている人たちを鹿児島に増やしたい、集めたいと思っています。そもそも、そういう環境が存在する可能性があるのかどうか、ということが一番気になりますね。
永田:マークメイザンの話が出たときも、施設も良い環境も良い。でも、そこにどれだけのプレイヤーがついてくるかっていう話をプロデューサー、ディレクターの中でかなり話し合いました。ただ、仮に今はまだプレイヤーが少なかったとしても、箱があるから、採用先があるから、という理由でロールモデルとなる人が少しずつ生まれてくるかもしれないという期待はあります。
佐藤:地方を盛り上げていくにはいろいろなものが必要だと思いますが、人材は大きな柱ですよね。外野の人たちが火に油を注いであげて、その中で燃え続ける誰かがいないと成立しないと思います。よく言われる、リーダーシップとフォロワーシップの関係性ですね。フォロワーの人たちがいなかったら、燃え続けられません。
永田:地方ではそういう関係性を作りやすいかもしれませんね。小規模な事業所、会社があったとしても、それぞれはコミュニティで元から知り合いだったりして、会社という垣根があまりないなというのを肌感覚で感じるんです。コミュニティにアイデンティティがあれば、会社から独立したり転職したりしてもその人のアイデンティティが変わらないので、フォロワーの人もい続けてくれるのかなと。そう考えると、佐藤さんも拠点を出して油を注いでくれる人になったし、香月さんも九州の人が何か言ったら、油を注いでくれるタイプの方ですよね。そういう人たちが繋がる場所としてマークメイザンが機能していけばいいなと期待しています。