スマートホンでラクラク日本語入力したくないですか?
2カ月半ほど前、私は、「スマホの最も生産的な入力方法はフリックではなく《ひと筆書き》だ」という記事を書いた。“ひと筆書き”入力というのは、キーボードの上を通常1つずつキーをタップしていくところを、 指を画面から離さないまま“なぞる”ことで入力するやり方。
「Swype Keyboard」というアプリを使いはじめていて、その気持ちよさを伝えたかったからだ(日本語対応はAndroid版のみ)。ところが、それを読んだ人からエンドウさんが紹介したSwypeはほんの一例ですよと指摘されてしまった。
「アルファベット圏は“ひと筆書き”が当たり前になってきています」
というのだ。英語では、「スワイプ」(Swipe)とか「ジェスチャー」(gesture)とか、グーグルの場合は「グライド」(glide)などと呼んでいる(私が使っている入力方式は「Swype Keyboard」=スペル注意)。
たとえば、「遠藤諭」と入力するときに、フリックだと「えんどう《変換》さとし《変換》」と8フリック、ローマ字では「endo《変換》satoshi《変換》」と、通常10タッチするところを2ストロークで入力できる。つまり、入力スピードがとても速い。画面からいちいち指を離さないので、走り書きのような感じになる。正確にキーの上を通過しなくても“全体の形”で認識しているらしく、揺れる車内にも強いように思う。
それにしても、海外では“ひと筆書き”入力が当たり前になってきているとなると“わが意を得たり”という気分である一方、Swypeというアプリをさも自分が発見したかのように書いた前回の記事は、かなり恥ずかしい記事だったことになる。ということで、前回の原稿の訂正と「世界はこうらしい」という範囲だが書かせてもらうことにする(すべてのアプリを細かく試してはいないので念のため)。
アルファベット圏はもちろん、中国語や韓国語にも“ひと筆書き”入力がある
海外では、本当に“ひと筆書き”入力が一般的なのか? 「ベストキーボードアプリ〇選」という感じのレビュー記事を検索してみる。ちなみに、英語圏においても入力方式は大きなテーマで、iOS、Android用にたくさんのアプリが作られていて、ソフトウェアキーボードのアプリは、単純に「キーボード」(keyboard)と呼ばれている。
新し目の記事では、「15 of the best keyboards for the iPhone」というのがあって、この記事で紹介しているemojiやGIF用など特殊なものを除いた8つキーボードのうち5つが“ひと筆書き”入力に対応だった。“ひと筆書き”は定番で各アプリの紹介ビデオなどでも必ずアピールされている。以下、アプリと“ひと筆書き”対応か否かを示した。
Gboard ひと筆書き対応
Swiftkey ひと筆書き対応
Fleksy
Swype ひと筆書き対応
Minuum
Themeboard
Go Keyboard ひと筆書き対応
Touchpal ひと筆書き対応
CNETの「 13 best downloadable keyboards for Android」という記事でも、GIF専用の1つを除く12のキーボードのうち9つが“ひと筆書き”ができるものになっている。
Gbaord ひと筆書き対応
Chrooma ひと筆書き対応
Swype ひと筆書き対応
SwiftKey ひと筆書き対応
Minuum
Fleksy
Slash Keyboard
Hub Keyboard ひと筆書き対応
Ginger Keyboard ひと筆書き対応
TouchPal ひと筆書き対応
ai.type ひと筆書き対応
GO Keyboard ひと筆書き対応
どの記事もだいたい同じキーボードを推薦しているのだが、比較的変わったものをとりあげている「10 best Android keyboards」という記事でも、10個のうち7つが“ひと筆書き”入力対応だった。
ai.type ひと筆書き対応
Chrooma ひと筆書き対応
Gboard ひと筆書き対応
Kii Keyboard 2 ひと筆書き対応
Multiling O Keyboard ひと筆書き対応
Minuum
Redraw ひと筆書き対応
Smart Keyboard Pro
SwiftKey ひと筆書き対応
Typani
もちろん、他にも特徴的なフィーチャーを売りにしていたりもするが、“ひと筆書き”は、いまや当たり前の機能になっている。つまり、英語圏のすべての人が“ひと筆書き”を使っているわけではないが、もはや当たり前の使い方になっているというのは本当のようなのだ。
ちなみに、これらは英語記事なので、英語以外についてはあまり踏み込んで書かれていないが、多言語対応しているものが多く、グーグルは、中国語のピン音入力や韓国語でも“ひと筆書き”入力を提供している。
なぜ日本だけが非生産的なフリックなのか?
などと言いながらこの原稿を書いていたら、増井俊之さんが「「みんなジョブズに騙されている!」 iPhoneの日本語入力システムを開発した男が語る、理想のスマホとは」というインタビュー記事で、たからかにスマートフォンにはキーボードが必要だと説かれていた。
増井 PDAは、クリエイティブな人をサポートする機能がありましたが、スマートフォンはそれが少なくなっていますね。その大きな理由は、キーボードやペンがなくなったこと。PDAでは、ペンで絵を描いたり、キーボードで文字を入力したりすることが簡単にできました。そういったハードウェアのサポートがなければ、人はなかなか、クリエイティブにはなれないのではないかと思います。
スマートフォンは、QWERTYキーボードを持たないという点においてやはり“電話”なのだ。PDA的な視点でみれば、テンキー入力は、ガラケーへの退化だといってよいのかもしれない(あくまで入力に関してだが)。
とかくテクノロジーの分野におけるこの種の方式の話になると、原理主義的になるものだ。それで懲り固めた文字量多めの自分は正しい調の議論はあまり意味がない(正しいかどうかはユーザーが決めるからだ=お前のこのコラムがまさにユーザーいないだろうと言われそうなのでこの辺にしておくが)。その意味では、QWERTYが人間工学的にサイコーの配列ではないと知った上での増井さんのこの発言はすばらしい。
「ローマ字入力ならQWERTYキーボードもフリックも手間は同じくらいではないか?」という意見もありそうだ(さっきのタッチ数の比較でもそうだった)。両手でフリックするとラクなのも事実である。しかし、理屈の話ではないのだ。ちなみに、私が”ひと筆書き”のQWERTYと言っているのに対して、増井さんはキーボード自体が必要といっているので意見が一致しているわけでもない。
それでは、なぜ日本だけがフリック入力なのか? まず、QWERTYでほかのキーを間違って押しそうになるのがストレスである。予測変換があるから1文字入力しただけで「候補」が出てくるのでいっぱい打つ必要ないというのもある。さっきのタッチ数比較も実際には、Swypeと同じ2フリックで済むことも多々ある。しかし、それは増井俊之氏の指摘ではないがクリエイティブではない場合なのだ。
決まりきったメッセージのやりとりが中心ならそうなのだが、どんな言語空間の中に暮らしていて、それをスマートデバイスでどう発揮するかという話なのだ。
“ひと筆書き”以外にも答えはあるかもしれない。しかし、まともな“ひと筆書き”アプリがないのはどうなのか?
今回、アルファベット圏向けのキーボードアプリを見ていて、ちょっと面白いなと思ったのが「Minuum」という入力アプリだった。QWERTYを極限まで縦に圧縮、打ち間違いは織り込み済みで、それも含めて候補を出して入力できるようになっている。
これの最大の特徴は、キーボードの画面占有率がぐっと小さくなることである。キーボード部分の高さは一般的な入力アプリの3分の1くらいしかない。あいまいなな入力を想定しているという点においては、ひと筆書きに似ている。公式サイトを見ると、なんとスマートウォッチ向けにも提供されていて、しかもビデオではちゃんと入力できている。
テンキーにおける「T9」方式(あかさたな…のキーを打つことで子音付きの文字も入力したことにする方式=「えんどう」は「あわたあ」と入力して候補から選ぶ)では、同じキー入力で多数の単語が候補にあがり過ぎるという指摘があった(「T9onyms」の問題)。
Swypeでも同じような重複した候補が出てくる。とくに初期状態での学習辞書がかなりダメなので嫌気がさしそうになるが、一度、ポチポチと入力してやると次回からはサラリと認識されるようになる。結論として、Swypeで同じ入力で候補が多く出すぎることによるストレスは、ほぼなくなるといってよい(かな漢字変換と同レベル程度になる)。というのが、最初の1カ月と前回のコラム後に2カ月半使った感想である。
Swypeは、提供者の日本語への対応の“やる気”が足りないので、これはもう捨てたほうがよいようにも思う。日本語の辞書がダメすぎる(辞書登録の問題もある)。私は自分でだいぶ辞書を学習させたが、学習が進まないと候補の精度が上がらず、最初は「この程度の精度?」と感じる人もいるかもしれない。しかし、生産的でクリエイティブな日本語の入力方式のヒントの1つは“ひと筆書き”なのだ。
外国人がらサラサラとまるで毛筆のように凄いスピードで文字入力をしているのに対して、日本人はエッサエッサと上下左右にフリックしているのはダサすぎる。
誰か、Mozcを使っていい感じのひと筆書き入力アプリを作ってくれないものか?
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。また、2016年よりASCII.JP内で「プログラミング+」を担当。著書に『ソーシャルネイティブの時代』、『ジャネラルパーパス・テクノロジー』(野口悠紀雄氏との共著、アスキー新書)、『NHK ITホワイトボックス 世界一やさしいネット力養成講座』(講談社)など。
Twitter:@hortense667Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667
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