『躍進するコンテンツ、淘汰されるメディア』発刊記念イベントレポート
INIAD坂村健×KADOKAWA角川歴彦が語るコンテンツとIoTの「再定義」
2017年09月04日 14時00分更新
INIAD坂村健学部長とKADOKAWA角川歴彦会長が語る
「IoTによりコンテンツはどう再定義されるのか?」
コンテンツを巡る環境が目まぐるしく変化している。IoT(Internet of Things=モノのインターネット)により、あらゆる情報がコンテンツとなりクラウド上に記録・共有されるようになった今日、コンテンツは映画や書籍といったパッケージ単位でのみイメージされるものではなくなりつつあるようにも見える。
そんななか、コンピュータアーキテクチャ「TRON」の生みの親であり、今年度からINIAD(東洋大学情報連携学部)学部長を務める坂村健氏と、『躍進するコンテンツ、淘汰されるメディア』(毎日新聞出版/電子書籍版はKADOKAWA)を6月に刊行した角川歴彦 カドカワ株式会社/株式会社KADOKAWA 取締役会長による対談イベントが開催された。
『クラウド時代と<クール革命>』『グーグル、アップルに負けない著作権法』に続く3部作完結編。メディアが直面している問題は日本の産業界が直面しているものと同じだと主張する。
IoTを巡る動きは技術から制度へ
イベントは坂村氏によるIoTの現状についての講演から始まった。IoTは要素技術が確立し、バズワードとしても定着したが、現在は「オープン性のあり方」に焦点が移っているという。
ドイツで進む「インダストリー4.0」の取り組みでは、企業・業界単体ではなく、国・産業全体でオープンな標準規格(オープンIoT)を確立してIoTによる効用を最大化しようとしている。「日本はそういった制度設計が上手くない」と坂村氏は指摘。東洋大学の新しい学部であるINIADでは、プログラミングはもちろんのこと、大学施設全体に5000個のIoTデバイスを配置し、実践的に学べる環境を用意。連携を図りながら社会インフラを設計・再定義できる人材を生み出そうとしているとのこと。
有料モデルのNetflixと、広告モデルのYouTubeを分けるもの
そんな坂村氏が角川氏に向けた大きな関心は、「IoT+AIはコンテンツなのか?」というものだ。例えばSiriやPepperのような人工知能(AI)と人間の対話はコンテンツなのだろうか? AIへの取り組みにも熱心な川上量生氏のドワンゴと組んだコンテンツ企業KADOKAWAの角川氏は、それに対してどう答えるのか、がこのイベントの1つの山場となった。
「IoTは単にモノとインターネットをつなげるものではない。日本の産業界を再定義するものだ」と角川氏。坂村氏も「IoTによってあらゆる産業がネットを前提に再定義されなければならなくなった」と応じる。
それはビジネスモデルの大転換も意味するため、既得権益者にとってみれば、受け入れがたいものでもある。資本主義社会では、その転換を促す「マネタイズ」が重要となると坂村氏は指摘する。コンテンツであれば、本を買うといった個別の課金、無料で視聴できるテレビを支える広告モデルが存在してきたが、ネットやIoTの普及により重要となってきたのがサービス課金モデルやサブスクリプション、クラウドファンディングやドネーションモデルだという。
つまり、モノやコンテンツそのものの直接的売買以外の様々なモデルでマネタイズを図る動きが加速しているというわけだ。そんななか、「YouTube動画は果たしてコンテンツなのか?」と坂村氏は角川氏に問いかける。
「YouTube動画はもちろんコンテンツだ――ただ重要なのは、どこまで人間のクリエイティブをカバーできているのかという点。例えば『君の名は。』は新海誠監督が長く苦労してきて生み出した作品。それが無料では報われない。プロの活動を(金銭的に)皆で支えるのがプレミアムコンテンツ。そして、UGCから生まれた作品を広告で支えるところからプレミアムコンテンツに至るプロセスというのは明らかに存在している。だから、Netflixは(広告モデルではなく)有料モデルなのです」(角川氏)
フリー視聴・広告モデルをベースとしたYouTubeと、月額定額制・有料モデルをベースとしたNetflix。「YouTubeがプレミアムモデルに移行しようとしても上手くいかない。巨大IT企業とはいえ、カルチャーとは無縁ではいられず、有料でコンテンツを生み出していく、ということができない」とGoogleとのコンテンツ提供を巡る交渉などを紹介しながら角川氏は言う。
とはいえ「プレミアムコンテンツなのに定額見放題なのは構わないのか?」と坂村氏。それに対して角川氏は「Netflixが1つの答えを出しつつある」という。
「書籍・音楽・映像といったコンテンツはトラフィック負荷にレベル差がある。定額制に最初に移行したのは比較的負荷の軽い音楽だった。トラフィック負荷の重い映像の定額化に取り組むNetflixは(それまでの既存コンテンツの調達だけでなく)年間6000億円という予算をかけて、プレミアムコンテンツを自ら作る方針に転換した。定額制に都度課金を掛け合わせるのではないか」(角川氏)
プレミアムコンテンツが呼び水となって、定額課金契約に加入する会員が増えることを想定しているはずだと角川氏。かつて「売上は新作:旧作=8:2の比率になっている(ロングテール)」と言われたが、今後さらに先鋭化していくのではないかとも指摘する。
坂村氏は、そこからさらにIoS(Internet of Service)という考え方がコンテンツにも適用できないかと問う。それに対し「行動データを提供してくれたらサービスは無料で利用してくれて良いというグーグル的な考え方はもちろんあるだろう。ただ、コンテンツについては(プレミアムか否かで)有料課金と広告モデルに分かれる動きが続くと自分は考えている。5年後、10年後には坂村先生が仰るような形も出てくるかもしれないが」と角川氏は応じた。
UGCのプレミアムコンテンツ化にエディトリアルは不可欠
では、「IoTによって蓄積される大量の情報(ビッグデータ)」「AIから偶発的に生まれるコンテンツ」「玉石混交のUGC」と、「個別課金によるマネタイズが成立するプレミアムコンテンツ」を分けるものは何なのだろうか? ――坂村氏と角川氏の対談は、創作主体から介在者の存在へとテーマが移っていく。
「IoTから生み出される情報もそうだが、UGCのような様々な(プレミアムとは限らない)ものを角川会長はどう捉えているのか?」という坂村氏からの問いかけに対し、角川氏は次のように答えた。
「KADOKAWAは世界一UGCを活用し、ビジネス化しているという自負がある。IoTやAIから生まれる情報や、UGCがそのまま大衆のマジョリティを獲得するのは難しい。出版社・映画会社のプロデューサーが介在して、エディトリアルを行う。それがコンテンツがプレミアム化するための重要なプロセス。だから、エディトリアル機能はコンテンツ企業・産業をこれからも支えることになる」
プロデューサーの目利きは、大量のUGCから原石を洗い出す評価(ランキング等)が裏打ちする。20世紀は評論家などの識者が権威となってコンテンツに価値を与えてきたが、21世紀は大衆=UGCへの評価が中心となる、と角川氏は言う。
研究者としてIoTなどの技術の行く末を見据える坂村氏と、経営者としてメディア事業の再定義を図る角川氏。議論の射程距離が交差しながらの対談は、このあとも坂村氏の著書『毛沢東の赤ワイン』も題材にしながら、あらゆるモノ・コトがコンテンツとなる時代に、ITをいかに活かすか、またそれを支える制度はどのように設計されるべきか、といった興味深い議論が展開されている。
このイベントの模様はマストドン(KADOKAWA丼(仮))ならびに、ニコニコ生放送で実況され、アーカイブされている。あわせて参照してほしい。
コンテンツとIoTを「もっと」深く知りたい人へ~関連電子書籍
本イベントに関連した電子書籍は、KADOKAWA作品取り扱い電子書店で好評発売中。
■『躍進するコンテンツ、淘汰されるメディア メディア大再編』著:角川歴彦
■『角川歴彦「メディアの興亡」三部作【3冊 合本版】』著:角川歴彦
■『IoTとは何か 技術革新から社会革新へ』著:坂村 健
■『毛沢東の赤ワイン 電脳建築家、世界を食べる』著:坂村 健