ヴァイオリニストの寺下真理子さんをうちの試聴室にお呼びし、新アルバム『ロマンス』を一緒に鑑賞しながら、感想を述べ合った。演奏家ならではの貴重なオーディオ的なコメントがたくさん発せられ、有意義な時間を過ごすことができた。
また、この取材は、先日導入したイギリス・メリディアン『ULTRA DAC』を導入してからの、初のオーディオ取材である。
CD時代から、音源機器にはその時代の“最高峰”」を使うのが私のモットーだ。CDプレーヤーでは、フィリップスの『LHH-2000』、LINNの『CD-12』を今も現役として使っている。DACも世界一のリファレンスグレードの製品を探していた。そこでメリディアンULTRA DACに白羽の矢を立てたのだ。ULTRA DACを選んだ理由は以下のとおりだ。
- きわめて卓抜なオーディオ性能
微小信号まで繊細に、明瞭に再生する音能力がひじょうに高い - 音楽性
でも冷たいモニター音ではなく、もの凄く熱く稠密な音楽が音源から聴ける。演奏者の細やかな奏法の違い、表現に違いが単に物理的な音として出るだけでなく、なぜそんな演奏をしたのかの、演奏者の心と頭脳の思いも鮮明に「見える」 - CDの音が素晴らしい
アキュフェーズのトランスポートDP-90と同軸接続したところ、これまで聴いたことも無いような低域の偉容感と、中域の実体感が聴けた。ULTRA DACはCDを、文字通り「再生」させたと思った - MQAのリファレンス
ボブ・スチュウァート氏が開発した新コーデックのMQAのリファレンスDACとして他を圧する
そのULTRA DACを音源にして、ザイカの真空管アンプ+JBL『K2 S9500』で再生した、ロマンスのハイレゾのWAV 96kHz/24bitとDSF 2.8MHz/1bitを寺下さんご本人に聴いていただいた。
演奏にぐっと迫れるPCM、場の響きを感じさせるDSD
麻倉 まずはアルバムの1曲目。ブラームスの「コンテンプレーション」をCD、リニアPCM、DSDの順で聴いてもらいました。
寺下 同じハイレゾでも2種類あるんですね! まずリニアPCMは、CDに比べて高域がすごくよく伸びる印象です。縦方向にレンジが広がる印象ですね。DSDは、全体によくまとまっていてバランスがいい感じがします。私個人の感想として、より驚きがあったのはPCMのほうですね。特にピアノの音が違います。粒感とか、倍音とか、レンジ感とかが圧倒的です。収録されている倍音の質の違いでしょうか、音が真珠みたいに丸く際立つ感じがします。
麻倉 なるほど!
寺下 一方のDSDは音がバランスよくまとまっている印象です。縦(低域から高域まで)にも横(空間の表現)にも広がり感があって、ある意味好みが分かれにくい。皆が好きな音と言えるのではないでしょうか。
麻倉 最初にCDを聴き、次にハイレゾのリニアPCMという順番だったので、情報量の豊富さを強く意識されたのかもしれませんね。DSDは、場の豊かさや温かさ。演奏家から発せられた音がホール全体に音が広がってくる感じで、ホールの広さや演奏者との距離感を強く意識します。逆にPCMは演奏者に近づき、より直接的に音を聴いている感覚があるのでは?
寺下 はい。だから臨場感でいえばPCMのほうかな。細かな演奏のニュアンスも聴けて、よりマニアックな楽しみ方ができる感じがします(笑)。
麻倉 ハイエンドのシステムを導入しているので、そもそものCDも結構よかったと思いますが、ハイレゾになるとまた違う世界を感じるのでは?
寺下 「再生する機器でここまで変わるんだ」と、改めて思いました。ヴァイオリンは難しい楽器で、どうしても細い音になってしまいがちです。特にCDでは倍音が聞こえにくいためか、豊かさが欠けてしまいがちになってしまいます。だから響きをたくさん取りこんだ音源を聴くと、ホールで聴いているような感覚に近づけます感じで嬉しいですね。録音したその場の雰囲気を聴いてもらっていると感じられますから。
1ミリの違いにも神経を配る演奏家の気持ちが届くとうれしい
麻倉 特に『ロマンス』では、響きが多いホールの感じがよく出ていますね。私はこの取材の前に、このハイレゾを聴き、「美しく、詩情豊かな音楽だ。たゆたうように、悠然と美しい旋律が流れる。寺下のレガートは実にスムースに音を移動する。その音のつながり、つらなりに、ロマンティックな感情が紡がれる」とメモしています。
寺下 2曲目『歌劇「はかなき人生」-第2幕 スペイン舞曲 第1番』の出だしを聴かせてもらってもいいですか? 超絶系の曲でどんなふうに違いが出るのかにも興味がわいてきました。
(順番に試聴する)
……う~ん、ハイレゾ版には臨場感というかその場で聴いているような感じがありますね。息遣いにしてもリアルに聴こえてくる感じです。
麻倉 CDの音もクリアで素晴らしい。しかし響きはハイレゾ版のほうが圧倒的に出てきますね。演奏の中のちょっとした強弱とか、アーティキュレーションの違いなど細かい演奏情報が伝わってくる。
寺下 そうですね。
麻倉 演奏家は細かに気を配った演奏をしているはずです。その工夫が伝わってきませんか?
寺下 音がより立体的だし、詳細な情報──例えば、息遣いや弓のしなりなどが伝わってきますね。演奏家は想像以上にいろいろなことを考えながら、楽器を弾いているものなのです。意識が1mm違うだけでも音に差が出てくると思っていますし、こだわりを持って音楽に取り組んでいるからこそ、それがカットされず、ストレートに伝わってきてほしいと思っています。
麻倉 こういったニュアンスは倍音のところに乗った響きに関係することが多い。ハイレゾはそこをカットせずに伝えてくれる。
寺下 はい。