実績と未来を見せた「AWS Summit 2016」 第5回
千趣会が歩んだクラウドジャーニーをAWS Summitで聞いた
SIer依存脱却!AWSを自社運用する「あるフツーの会社」の勇気
2016年06月06日 07時00分更新
6月3日、AWS Summit 2016の3日目のセッションで登壇したのは、千趣会の情報システム部 システム管理チーム 池本修幸氏。池本氏は、SIerに大きく依存していた同社が、AWSの自社運用に踏み切るまでの苦労や考慮点を丁寧に説明した。
「女性を幸せにする会社」は今やクラウドファーストへ
「社内インフラの何でも屋」を自認する池本氏は、サーバーやネットワーク、セキュリティなどさまざまなことに携わってきた。「これから話すのは画期的な技術の話でもなく、ユーザー企業がどうやってAWSを推進してきたのかの話。どうぞみなさん、リラックスして聞いてほしい」と挨拶した池本氏は、まず会社概要とクラウドの導入実績について説明した。
「ベルメゾン」で知られる千趣会は、昨年60周年を迎えたばかり。カタログショッピングで知られているが、2000年に業界に先駆けてECサイトをオープンしている。その後、2007年にはリアルショップ「暮らす服ショップ」の展開を開始したほか、2008年にブライダル事業、2013年に保育園の事業にも参入している。「女性を幸せにする会社」「女性に笑顔を届ける会社」を会社のビジョンにしていることもあり、一貫して女性が喜ばれる商品・サービスを開発。購入者の92%は女性という通販事業を中心に、さまざまなビジネスを展開している。
同社のクラウド導入は2010年にさかのぼり、まずはMCCSというIBMのプライベートクラウドサービスを導入し、2011年にはGoogle Appsも導入。その後、2013年頃からAWSの利用を開始し、IBMのプライベートクラウドとハイブリッドな環境を構築しているという。
現在、同社は多くのシステムがクラウド上で稼働する「クラウドファースト」な企業になっている。システム構築の際には、まずクラウドでの構築を考え、物理的な制約があるときのみオンプレミスを採用している。池本氏は、「オンプレミスのように自前で持つ時代とは変わった」と断言する。
AWSの導入により、社内システムの構築が圧倒的に容易になった。特にリソースの調達時間は圧倒的に短くなり、サーバーイメージをあらかじめ作っておくAMI(Amazon Machine Image)の導入でさらに構築時間も短くなった。ハードウェアを自前で持つオンプレミスの場合、設置場所や電源を確保したり、ネットワーク機器を準備したり、サーバーの設置作業が発生する。しかし、「クラウドはオンプレミスに比べて、比較にならないくらいのスピードでリソースが確保できるようになった」と池本氏は語る。
トレーニングと試行錯誤の連続で自社でAWSを導入
とはいえ、ここに至るまでの道は平坦ではなかった。池本氏はここまでの試行錯誤を語り始める。
こうした千趣会のITを担う情報システム部は100名を超えるメンバーがいるが、このうち8割はSIerの常駐だった。特にインフラに関しては、アウトソース先のエンジニアがほとんど。つまり、外部のSIerに大きく依存する体質だったわけだ。そのため、情報システム部でAWSを利用しようと思うと、いくつかハードルがあった。同社がAWSを知ったのは2012年だったが、当時はAWSをどうやって使うかわかる人が社内におらず、付き合っているSIerもAWSを知らなかったという。
AWSを使いたいが、社内に知識やノウハウが足りない。そこで、情報システム部のメンバーはSIerを頼らず、自ら動くことにした。Web上からAWSの窓口にアプローチし、AWSの担当者からまず概要を聞いた。また、「使った分だけといっても、たくさん請求が来たらどうするか不安だった。英語のコンソールもわからなかった」(池本氏)とのことで、AWS研修プログラムの有償トレーニングを受講。もっとも基礎的なコースを受講し、その後は無料使用枠を活用し、小さいインスタンス、少ないトラフィックの環境でコツコツ勉強した。
とはいえ、AWSはいろいろサービスがありすぎて、正直どこから手を付けてよいかわからなかった。そこで、まずはオンプレミスで似たような経験があるEC2やEBS、S3などを試しみたという。「まずはWebで調べてみて、実際に試してみる。そして、AWSの担当者とサポートに相談し、また試す」という繰り返しを自ら行なった。
アソシエイツのスキルを取得するメンバーも
こうした試行錯誤の末、今まで課題だったリソースの拡張ができるというAWSのメリットを理解した千趣会の情報システム部は、2013年にいよいよAWSの導入を開始。Direct ConnectでVPCと直結することで、社内システムの構築がAWS上で行なえるようになった。現在はシステムとしては従来のVPCに加え、基幹システムの入っているデータセンターとDirect ConnectでつないだVPCを構築し、両者をVPCピアリングで接続しているという。
クラウドの導入により、調達や構築のみならず、そもそものシステム設計も効率化したという。池本氏は、「クラウドサービスはスケールアウトが可能なので、スモールスタートできる。あとから変更する前提で、当初の設計はざっくりしたものでリリースできる」と語る。
自前運用ということで、導入フェーズにおいては、自身で獲得していきたノウハウに疑問を感じることもあった。そのため、Webでの情報収集だけではなく、メンバーはベーシックより上位のアソシエイトのコースも受講。ユーザー企業でありながら、すでにアソシエイトの資格も得たメンバーもいるというのが驚きだ。
クラウドでの障害やメンテナンスに対して情シスはどう考えるか?
クラウド導入のメリットもあるが、実際に導入すると課題も必要になってきた。池本氏は、クラウドがもたらす意識改革やそれに対する情シスとしての心構えについても語った。
まず、クラウドでも当然ながら障害があること。「頻度は高くないが、ハードウェアに起因する障害が発生する。目の前にモノがないので、原因追及するのが難しい」と池本氏は語る。そのため、障害追求よりサービス復旧を優先させるポリシーが重要になると指摘した。ここらへんはオンプレミスをメインで使ってきたユーザー企業がもっとも肝に銘じておくべき金言と言える。
また、クラウドでもメンテナンスがあるため、まれにサービス断が発生する。クラウド事業者側で一方的にメンテナンスが行なわれるので、回線借用のような個別調整は行えないと考えたほうがよいという。
そして、サービス断に対応するため、クラウドサービス内での冗長構成を考えると、当然コストがかかる。こうした障害やメンテナンスをどの程度許容するかは企業によって事情は異なるが、「妥当性を図るためには、RTO(目標復旧時間)やRPO(目標復旧時点)の観点は社内で議論し、コストについて取り決める必要があると思う」(池本氏)という。
変化が生まれたIT部門。次はクラウドネイティブの活用へ
現状、同社のクラウド利用は、おもにサーバー基盤としての活用がメインだが、今後はシステムの標準化と自動化を推進すべく、クラウドネイティブサービスの活用を模索しているという。「標準的なサーバー構築の自動化」や「アプリケーションの自動デプロイ」「システムリソースの自動化と拡張性の確保」「バージョン問題からの解放」などを目指しつつ、運用の自動化やコストの最適化、アプリケーション公開のスピードアップなどを目指す。
一方、AWSを導入することで、IT部門の中でも変化が起こってきた。たとえば、検証環境の調達が容易になり、新しいシステムへの対応が効率化した。また、使った分だけ課金されるようになったことで、インフラのコストを意識することも増えたという。
池本氏は、一層のクラウド活用を進めるため、自社メンバーのレベルアップが必要になると考えている。「気になったらとにかく自分で試すのが、クラウドとのうまい付き合い方だと思う」と池本氏。進化のスピードの早いクラウドを自分たちで学び、自ら経験することを、今後も続けていくと考えていくという。SIerに大きく依存してきたある意味「フツーの日本の会社」が、クラウドの衝撃を受けて、どのように変化してきたのか。実直に語られた事例は、クラウドの波に乗り遅れた情報システム部に対して大きな説得力を持つように思えた。
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