なぜプロジェクトは混乱したのか?ウイルスソフトの入れ替え事例で考える、情シスに必要なワークマネジメント術

情シスが陥る“役割不明確”の罠 500台のソフト入れ替えプロジェクトから学ぶ、強いチームを作る秘訣

文● 大谷イビサ 編集●ASCII

提供: ヌーラボ

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 目的達成に向かって、一丸となって動ける強いチームを作るために必要な考え方である「チームワークマネジメント」。本連載では、チームやプロジェクトで陥りがちな悩みを事例で検証しながら、チームワークマネジメントを実践するためのベストプラクティスを学んでいく。

 今回は、とある大手企業の情シスメンバーの“僕”から見たアンチウイルスソフトの入れ替えプロジェクトを追う。タスクの多いこのプロジェクトでなぜ各メンバーの役割を明確化することがどれだけ重要なのか。まずは“僕”の気持ちになって、次の事例を読んでほしい。

【事例】担当があいまいで混乱だらけの「アンチウイルスソフトの入れ替えプロジェクト」

 年末を前にして、経営から情報システム部に落ちてきたのが、アンチウイルスソフトの全社入れ替えプロジェクトだ。猛威を振るうランサムウェアで競合企業が出荷遅延になったというニュースを見て、経営陣は震え上がり、急遽アンチウイルスソフトの見直しがかけられたのだ。情報システム部が来年度を前提に提案していた入れ替えプランが採用されたものの、少ないメンバーで、年末までの突貫作業という状態に陥ってしまった。

 うちの会社は中堅企業だが、PCは500台規模である。しかも古いソフトのアンインストールと新しいソフトのインストールを従業員にお願いしなければならないので、作業負荷は非常に高い。実際に作業を洗い出してみると、対象PCのリスト化、従業員への作業依頼、進捗確認など手作業が多い。しかし、期日は決まっているので、なし崩し的にプロジェクトはスタート。当然、情報システム部は混乱を極めることになる。

 社歴の浅い僕が困ったのは、どの作業を誰がやればいいのか、明確になっていなかったことだ。よかれと思って始めた対象PCのリスト作成は、別の担当者も行っており、それらをマージするのにまず時間がかかった。ようやくリストができ、現場に作業を依頼するところまでは進んだが、インストール作業がどれくらい進捗したのかは毎回リストを見ないと確認できない。また、「サポートは全員で」というあいまいなルールで、部門ごとの担当を決めていなかったため、現場からヘルプが来ても、誰が答えるべきかわからなかった。お互いがお見合いしてしまい結局誰も答えず放置してしまったのだ。そもそもどう答えるかもわからないし、対応も各人ごとにあいまいだ。

 対象者への作業依頼はとっくに済んでいるのに、インストール数が増えず、「進捗が芳しくないらしい」という話を耳にする。理由を尋ねると、なんと「マニュアルがないからやり方がわからない」という声が挙がっているとのこと…。部長からは「リスト作成といっしょにマニュアルくらい作っておけ!」と怒られた。マニュアル作成に長けた先輩が作るものと思い込んでいて手を付けていなかった。結局、現場から言われてから作り始める始末だ。

 とにかく役割があいまいで抜け漏れだらけのプロジェクト。500台規模のPCの入れ替えなのに、作業はまだまだ終わる気配がない。結局、移行しきれないPCが情シスが手作業で入れ替えなければならず、年末年始も作業になりそうで、実家には「今年は帰省できなそう」と連絡したところ。このプロジェクトはどうすればよかったのだろうか?

【課題】役割を明確化しなければ、チームとして機能しない

 今回の仮想事例は「アンチウイルスソフトの全社での入れ替え」という、多くの企業で発生する業務。期限が決まっており、チーム全体で進捗管理を行なわなければならないという点で、これは立派な「プロジェクト」なのだ。対象PCの台数は500台規模で、従業員に作業をお願いするという点で、人手の作業も多く、不確定要素も大きい。プロジェクトにはマネジメントが必要であり、効率的に進捗させるためにはチームワークマネジメントが重要になる。

 終わらない予感をはらんだこのプロジェクトは、前回の事例と同様に、目的共有の不徹底、不明瞭な役割、リーダーシップの欠如、コミュニケーション不足などさまざまな問題をはらんでいる。今回は特に「役割の明確化」という点に注目してみよう。

役割の明確化

各メンバーが「何を期待されているのか」「どの業務範囲に責任を持つのか」を明確に定義し、チーム内で共有することが不可欠です 。役割が明確になることで、責任感を持って主体的にタスクに取り組むことができます。(チームワークマネジメントの定義より引用)

 

 役割の明確化は、チームワークマネジメントに必要な5つの要素の1つだが、特にリーダーやプロジェクトマネージャーが意識すべき項目だ。プロジェクトの完遂までに必要なタスクを明確化し、各担当者に割り振らなければ、チームとしての実行はおぼつかない。また、タスクの抜け漏れにもつながり、メンバーのモチベーションも低下する。

 それでは、今回の事例から具体的に“何を改善すべきか?”を3つのダメ出しポイントから見てみよう。

ダメ出しポイント①

どの作業を誰がやればいいのか、明確になっていなかった

やるべき作業(=タスク)があっても、「誰が」「いつまでに」「なにをやるのか」明確になっていなければ、プロジェクトは混乱に陥ってしまう。今回の事例のようにほかの担当者との作業の重複や抜け漏れが必然的に発生してしまう。逆に役割が明確になっていれば、担当も責任感を持ってタスクにあたることができる。

ダメ出しポイント②

別の担当者も同じ作業を行なっていて、余計な手間が発生した

役割は明確化するとともに、メンバーに共有することが重要だ。誰がなにを担当するのか、チームで共有されていないと、余計な作業が発生してしまう。今回の事例では、“僕”とほかの担当者がそれぞれリストを作ってしまったため、マージするという余計な作業が発生している。「二人で分担する」と「各自が勝手に作ってしまう」では大きな違いがある。役割を明確化するとともにメンバーに共有するのが重要だ。

ダメ出しポイント③

「リスト作成といっしょにマニュアルくらい作っておけ!」

役割の明確化とセットで必要になるのが、作業範囲と完了条件を明確にすることだ。担当決めまではやっているが、タスクの定義まで行なっているプロジェクトは少ないかもしれない。どの作業をここまで終わらせたらOKというゴールを決めれば、リーダーからなにが期待されているのかも明確になる。

今回の事例では部長から「リスト作成といっしょにマニュアルくらい作っておけ!」と言われたが、そもそもリスト作成とマニュアルが同じ作業・同じ担当として定義されていなかったので、“僕”は納得いかないはず。また、現場のヘルプに対応できなかったのは、作業範囲が明確になっていなかったために起こったトラブルと言えよう。

【解決提案】課題の追加時に「役割の明確化」と「タスクの定義」を実現

 アンチウイルスソフトの全社入れ替えを例にしたプロジェクトの破綻。本来必要だったチームワークマネジメントの「役割の明確化」を、具体的な作業に落とし込むと以下のようになる。

・各タスクの担当者を決める

・タスクごとの担当をチームで共有する

・タスクの作業範囲と完了条件を明確にする

 前述した通り、これらはプロジェクトマネージャーやリーダーの役割である。どの作業をどのメンバーに任せるかを決める際には、作業量やメンバーの得意・不得意を考慮して担当を割り当てる。そのうえで、担当者と意見交換を行い、作業範囲を明確にし、期日まで含めて明文化しておく。さらに、定期的に進捗会議を開き、進捗状況や課題をチーム全体で共有する。

 プロジェクト・タスク管理ツール「Backlog」のような、誰もが利用しやすいツールを導入するのも有効だ。たとえばBacklogでは、まず「課題」を追加し、作業内容を概要に記述し、場合によっては作業内容を進捗チェック用にリスト化しておく。その際、担当者と期限日は必須にしておく。つまり、Backlogでは課題の追加をきちんと行うだけで、「役割の明確化」というポイントを十分に満たすことができるのだ。

「課題の追加」を行なうだけでタスクと役割の明確化が可能になる

 あとから「マニュアル作成」のようなタスクが発生したら、同じく課題として追加し、担当者と期限日を設定しておく。プロジェクトマネージャーやリーダーは、ガントチャートやボードでプロジェクトの全体を把握できるし、担当で課題をソートすれば、それぞれの負荷や期限日も一望できる。進捗会議で全体の進み具合を確認しつつ、新たなタスクが顕在化したら、それを起票して、対応を進めていけばよい。

ガントチャートを使えば、全体の進捗も見えやすい

 Backlogはプロジェクトマネージャーやリーダーだけにメリットがあるわけではない。プロジェクトの全体像が可視化されることで、メンバーにもプラスの心理効果を与える。ほかのチームやメンバーの進捗状況がわかれば、自身のタスクの進み具合も気になるし、担当者ごとにタスクの偏りが見えれば、助け合いの精神も働く。特に今回の事例の場合、管理対象は多いが、リストを洗い出せば、あとはそれらを漏れなく埋めていくというシンプルな作業。部署ごとに担当と期日を切り、進捗を逐一確認していけば、プロジェクトを完遂まで進められるはずだ。

 そして、こうして積み上げたプロジェクトの履歴は、次のプロジェクトに活かすことができる。アンチウイルスのみならず、さまざまなソフトウェアやPCの入れ替えなど、さまざまな業務でプロジェクトの履歴や反省点を活かせる。こうすることで、タスクの抜け漏れもなくなり、精度の高いプロジェクトを期日までに完了させることが可能になるはずだ。

【まとめ】役割の明確化で「業務のあいまいさ」をなくそう

 「役割の明確化」は、複数メンバーでプロジェクトを進行するにあたってきわめて重要な要素である。今回は社内プロジェクトだったが、外部企業との共同プロジェクトを推進するにおいても、役割の明確化は欠かせない。担当も、作業も、あいまいなプロジェクトは、Backlogできちんと整理整頓しよう。次回は「コミュニケーション設計」について解説していく。

チームワークマネジメントとは? 

多様なメンバーが共通の目的達成のために助け合い、自律的に動けるチームを設計・運営する概念。チームの構造を見える化し、コミュニケーションを設計することで、チームメンバーが個々の能力を発揮しやすくし、全体の生産性向上と目標達成を目指す。

過去記事アーカイブ

2025年
01月
02月
03月
04月
05月
06月
07月
08月
09月
10月
11月
12月
2024年
04月
06月
07月
08月
09月
10月
11月
12月
2020年
01月
08月
09月
2019年
10月
2018年
05月
07月