20代で家業を継ぎ経営者に。事業売却を経て、事業承継コンサルタントの道へ
事業承継コンサルタントとして後継者育成・伴走支援を行う田邊さおりさん。大学卒業後、経営難に陥っていた家業を手伝う中で、父親が病気になり、若くして会社を継ぐことに。20年間経営者として走り続けたが、会社の成長のために事業承継という大きな決断をする。その後、どのようにして事業承継コンサルタントになったのか。100社以上の支援実績を持つ田邊さんのライフシフトの軌跡を辿る。
「私がやるしかない」。重度のうつ病を発症した父と倒産の危機
田邊さんのキャリアは、「経営」から始まった。大学卒業後は海外で働きたいと考えていたが、繊維・ブライダル事業を行う父親から「1年でいいので会社を手伝ってほしい」と頼まれ、父親の会社に入社を決めた。
「入社後にブライダル事業がうまくいっていないことを知りました。その状況で、父が重度のうつ病を発症。元々、会社を継ぐ気はなかったのですが、私がどうにかするしかないと思い、働きながら経営を学んでいきました」
20代で経営者となった田邊さんは、周囲の先輩経営者に支えられ、会社も組織もV字回復させることに成功。20年ほど経営者として走り続け、事業は好調だった。そんな中、ある出来事が田邊さんに大きな気づきをもたらした。
「成功されている身近な先輩経営者のお二人が、事業承継(M&A)をされたんです。『いい状態で事業を売る』という選択があることを、その時初めて知りました。事業承継後も業績はさらに伸び続け、従業員のためにもなっている。そしてお二人とも、自分にあった人生に切り替えて謳歌されていたんですね。事業を買った会社、売った経営者、従業員の三方にとって最善の選択となることにとても驚きました」
コロナ禍でも従業員を守ることができた、三方良しの事業承継
経営者として、市場や会社の成長を考えた際に事業承継も一つの選択かもしれないと考えるようになった田邊さんだが、「一生懸命働いてくれている従業員はどうなるのか」「父親から継いだ会社を無責任に手放すことにならないか」という問いも同時に生まれた。
正解のない問いと向き合いながら、田邊さんは父親に考えを打ち明けることにした。
「父にその話を切り出した時の緊張感は今でも忘れられません。ですが父は驚くほど冷静で『任せる』と言ってくれました。その後も『これは本当に未来をよくする選択なのか』と2年ほど悩みましたが、自分の経営力の天井を感じ、さらに女性として体の変化も痛感していました。より経営力のある会社に事業を続けてもらうことが最善策だと確信に変わっていきました」
田邊さんが事業承継を決意した後も事業は順調に成長したが、同時に事業承継に向けて準備を進めた。
「経営者として会社の業績を伸ばすことが最も重要なミッション。一生懸命働いてくれる従業員のためにも、常に全力を出し切ると覚悟を決めていました。一方で、事業承継後に滞りなく経営していただけるように業務の仕組み化も進めました。この頃は子どもたちの進学も重なり、体力的にも精神的にも疲弊していましたが、それぞれにとって最良の選択をしていくために手を抜くなんてことは頭にありませんでした」
事業承継を検討し始めてから約4年。信頼できる事業計画と、より良い雇用条件を提示する企業と出会い売却を決めた。それはコロナ禍突入数ヶ月前の出来事で、資金力のある大手企業に売却したことで従業員を守ることができた。
47歳で社会人デビュー。その後家族のために決めた独立のタイミング
田邊さんは売却先の企業で5年間経営顧問を勤め、繊維事業が残った田邊さんの会社を親族に事業承継した。売却で得た収益は会社に残した。
「私の決断によって、私自身だけではなく従業員の人生を左右してしまうからこそ、売却後も関わることができてよかったなと思っています。親族へも事業資金を残す形で事業承継し、事業を受ける・託す、そして第三者に売却するという経験を積むことができました」
その間に、事業承継の仲介会社から「女性コンサルタント」としてヘッドハンティングされ、47歳にして初めての社会人デビューを果たした。激務と慣れない業務に失敗の連続だったが、日々自身の成長を実感することができた。経営顧問と仲介の二足の草鞋を履き、3年経った頃、田邊さんはある決意をする。
「大好きな仕事でしたが、とにかく激務。子どもたちが2人とも受験生になるタイミングで、母親として2人のサポートのためにも仕事のペースを調整したいと考え、独立を決意しました」
相談相手が少なく、孤独に陥りやすい経営者のために
2024年8月、後継者教育・伴走型経営コンサルティングサービス「BATONEER(バトナー)」をスタートした田邊さん。これまで100社以上の事業承継支援を行ってきた実績を活かし、日本国内における中小企業の事業承継を包括的にサポートしている。
事業承継コンサルタントとして独立した田邊さんは精力的に働き続けている。その原動力とは。
「先輩経営者の皆さんから『事業承継して時間を持て余すと経営者はうつになりやすいから、仕事は続けた方がいい』とアドバイスをいただいたことが大きかったです。でも、もちろんそれだけではありません。
父の会社で経営を始めた時、とにかく大変で何度も挫けそうになりましたが同時に、周りの経営者の方々が支えてくれました。そうやって私自身が少しずつ経営者になる過程や大事な選択をする際、必要な時に必要な言葉をくれるメンターが現れるんです。父はよく、私のことを『お前は福娘だから、必ずいいことが起こる』と言ってくれて、子どもの頃から私はそれを信じていたので根拠なく突き進んでこられたところもあって。
私は、父の存在と周囲の支え、メンターとの出会いに恵まれてここまでやってこられました。でも、相談できる相手がいないまま孤独を感じ、八方塞がりになっている経営者の方はたくさんいます。そんな方々のために、私の経験を伝えていきたい。それが原動力であり、働き続けている理由です」
女性経営者・跡継ぎの「相談できる存在」を目指して
現在、BATONEERを軸にさまざまな活動を行う田邊さん。特に最近は、女性経営者や女性後継者からの相談が増えた。事業の引き継ぎと事業売却(M&A)に関わる女性の総称として”承継女子”という枠組みを作り、専門のプログラムを行っている。
「女性が後継になるケースも増えましたが、女性経営者(創業者)と女性後継経営者は似て非なるもの。必要な支援も様々です。また女性はライフステージによって特有の悩みに直面し、人生に大きな影響を受けやすい。仕事をしすぎてプライベートが疎かになるというのは私自身が経験してきたことです。だからこそ、孤独に陥る女性経営者や跡継ぎの方の『悩んだ時にとりあえず相談できる、お姉さん的存在』になりたいです。
そして、50代になって気づいたことがあります。年代が上がるにつれて楽しいことはどんどん増えていきます。経験を積んで、人としての器も大きくなって。ミドル世代女性の可能性は無限大です。その可能性を最大限に引き出すために、コミュニティやサロンを作るなど、一つずつ楽しみながら進んでいきたいですね」
田邊さんは、100社以上の支援を通じて「ミドル世代の女性こそ、経営者に向いている」と確信し、経営者への道を提案したいという。いくつもの荒波を乗り越えてきた田邊さんの言葉には、実体験に基づく説得力と熱意があった。
Profile:田邊さおり
たなべ・さおり/UnitedVision 合同会社 代表取締役/事業承継コンサルタント
大学卒業と同時に経営難に陥っていた父の会社に入社。経営者として事業を立て直す。その後事業売却、経営顧問、M&A仲介、代表理事を経て、2024年8月に後継者教育・伴走型経営コンサルティングサービス「BATONEER(バトナー)」をスタート。「承継女子」として日々奮闘中。
UnitedVision 合同会社のHPはこちら。
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