会社員を続けながらNPOを立ち上げて代表理事に。探しあてた“自分らしい働き方”
入社後3年での転職、転職の失敗、家事手伝いを経て、20代半ばで再就職した村上綾野さん。30代になり、これからの自身のキャリアが描けないことにやや焦りを感じていた。そんな折、日本の子どもの貧困や児童養護施設の実態を知ったことが、人生の転機に。数名の仲間と始めた活動は、やがてNPO法人化され、今では120名のボランティアとともに、45名の子どもたちを支える団体へと成長。立ち止まりながらも、一歩ずつ前へ進んできた村上さんの軌跡をたどる。
就職・転職の失敗を経て。“支えられる側”から“支える側”に
「学生時代は、本当にのんびりしていたんです。いつの間にか就職活動が始まり、なんとなく就職先を決めてしまったこともあり、3年で転職しました。その後の転職先では、激務と罵声が飛び交う職場環境に耐えられず体調を崩し退職。理解ある家族に支えられ、京都の実家に戻ることができました」そう話すのは、現在特定非営利活動法人HUG for ALL(ハグ・フォー・オール)の代表理事を務める村上綾野さん。いまの生き生きとした姿からは想像がつかないが、20代は働き方にずっと迷っていたという。京都に戻って半年が過ぎた頃、周りの友人の自立した姿に影響を受け、転職活動を再開。運よく現在の勤務先である教育系企業の求人に出合う。大学で教育心理学を学んでいたこともあり、子どもたちの想い・子どもたちの学びにどう寄り添うかを考える仕事にやりがいを感じた。
しかし30歳を過ぎ、次のキャリアを考えるも、何も浮かばない。そんな時、多くの社会起業家や活動家を輩出してきた社会人向けの実践型講座に出合い、「おもしろそう」という直感で参加。そこで出会った仲間たちの「社会を変えたい」という熱い想いに刺激を受け、自分自身もなにかしたいという思いに駆られるようになった。
そしてある講演会をきっかけに、日本の子どもの7人に1人が貧困状態にあると知った。日本の子どもたちは衣食住に困ることはないと考えていた村上さんは、自分の認識の甘さに恥ずかしさを感じたという。
「大学を卒業するまで箱入り娘状態だった私は、就職・転職に失敗した時も当然のように実家に戻って休むことができました。でも、もし私を支えてくれる家族がいなかったら? 誰も『戻っておいで』と言ってくれなかったら?一人で解決しなければならなかったら? 考えただけでゾッとします」
子どもの貧困問題を前に、行動しなければと強い焦りを感じた。その後、さまざまな理由で家族と離れて暮らす子どもたちが生活する”児童養護施設”の存在も知り、施設出身の若者の自立をサポートする団体でのボランティアを行うようになった。
限界を感じたフルタイム勤務と団体活動の両立の日々
若者たちの自立支援のボランティア活動を行い、5年ほど経った頃、児童養護施設で暮らす小学生の学習についての相談をうけて、小学生の学習支援のボランティア組織をつくることに。育った環境や学習意欲、理解度が異なる子どもたち一人ひとりに、さまざまな大人たちが寄り添う枠組みを考える中で、友人から「NPOにした方がいい」と助言され、2016年にHUG for ALLの原型が誕生した。
「子どもたちもやがて大人になります。大人になっても、誰かに抱きしめられたい、誰かに大切にされたいと思っていい。それに、子どもたちの苦しさを生んでしまった親世代も、苦しさの連鎖の中で生きていることがある。施設の職員さんやボランティアの仲間も含めて、みんなが抱きしめられ、温かく安心できる居場所にしたいという思いを込めて、HUG for ALLと名付けました」
数名の友人とともに活動をスタート。会社員としてフルタイム勤務も続け、勤務時間以外の多くを活動や準備に費やしたが、やがてその生活に限界を感じるように。思い切って当時の上司に退職の意向を伝えると思いがけない反応が返ってきた。
「上司は『辞めなくていいんじゃない?今は制度はないかもしれないけど、新しい働き方を一緒に考えよう』と言い、両立することを後押ししてくれたのです」
現在は週3日稼働の契約社員として新規事業開発を担当している村上さん。フルタイム勤務ではなくなったとはいえ、どうバランスをとっているのか。
「私は何でも完璧を目指すタイプでした。でも数年前、限界を感じたときに『全部自分でやらなく てもいい。信じて任せてみよう』と、少しずつ手放すことに挑戦し始めました。すると、私がやりすぎることで、仲間の主体性を奪っていたことに気づいたんです。結果的に、それぞれが自分の考えで挑戦しやすくなり、チーム全体にとってもそれぞれの力が発揮できる環境になってきたような気がします」
親戚のような存在が、子どもとの信頼関係を育てる
HUG for ALLでは、八王子市と清瀬市の2施設で、子どもたちのまなびにつながる対話型・体験型のプログラムを行っている。こどもたち一人ひとりが「自分の話をちゃんと聞いてくれる大人」の存在を感じられるように、担当制を導入。1人に対して2~3人のボランティアを固定し、継続的な関わりを通じて、大人との長期的な信頼関係の構築を目指している。
2017年には法人格を取得。数年後、ともに活動していた小学生が中学生へ、さらに高校生になると 「生きる力を育むこと」を目指し、施設を巣立つ準備として社会で生きていくことや、身を守る知識・方法をこどもたちと共に考えるプログラムをつくった。
コロナ禍では、急に対面で会えなくなった子どもたちのために施設職員のかたがたと連携してオンライン支援を実施。信頼できる大人との関わりを絶やさぬよう工夫を重ねた。
昨年は、活動開始当初は小学生だった子どもたちが、いよいよ施設を巣立つという節目を迎えた。
「私たちは、施設にいる間に信頼関係を築き、施設を出た後も繋がり続けることを目標に活動してきました。
『知らない大人と関わるのも、話すのも苦しいし、しんどい』
そう感じている子にとっては、どんなに優れたプログラムや進学のチャンスがあっても、知らない大人とのコミュニケーションがハードルになって支援が受けにくい。だからこそ、月に一度でも親戚のおじさん・おばさんのように小さい頃から会い続ける関係性が大きな意味を持つのだと思っています」
実際に、長期的に関わってきた担当ボランティアとつながり続けることが、施設を出た若者たちにとっての「安心できる居場所」のひとつになっているという。
「小4・小5のころから知っているこどもたちが、今施設を出て一人暮らしを始めています。知らない大人と話すのには抵抗があっても、HUG for ALLの大人たちとは“年の離れた友人”のような関係。日常生活のちょっとした困りごとの相談をしたり、コイバナをしたり、施設職員さんや学校の友人たちとはまた違うつながりができているのかなと感じています」
子どもも大人も、関わることで人生が豊かになる仕組みづくりを
身近な友人数名の協力で、10名のこどもたちへの学習支援から始まった村上さんの活動は、現在では約120名のボランティアとともに45名の子どもたちの「生きる力」を育む活動に進化してきた。途中で施設を退所した子や、すでに自立した子を含めると、これまでに支援した子どもは約60名にのぼる。一つひとつ実績を積み上げてきた村上さんの今後の展望とは?
「もっと仲間を増やしていきたいと考えています。支援できる子どもや施設を増やすことも考えていきたいことではあるのですが、それ以上に、私たちの活動の意味をより多くの人に届けたい。私たちが何のためにどんな活動をしているのかを、知ってもらえる場を広げていきたいです。 そして今、大人たち自身もこの活動を通じて子どもたちとかかわることで、人生が豊かになっていくような、新しい仕組みづくりを考えています。こどもたちとつながり、大人同士もつながり、お互いの存在を認め合い、それぞれの主体性を尊重しつつ、困ったときには手を差し伸べ合える。そんな関係性を育てて、子ど もも大人も、みんなで抱きしめ合えるような居場所をつくっていきたいです」
人生は何が起きるかわからない。つらくて立ち止まりそうなとき、誰かに助けを求めたとき、そこに手を差し伸べてくれる“大人”が信頼できる存在かどうかで、その後の人生が大きく変わることもある。一人でも多くの子どもと若者が、自分を受けとめてくれる大人と出会えるように。村上さんは、今日もその願いを胸に信じる道を歩き続けている。
Profile:村上綾野
むらかみ・あや/京都府宇治市出身、東京都在住。NPO法人HUG for ALL代表理事。2012年に「日本のこどもの7人に1人が貧困」という言葉を聞いたことをきっかけに、子どもの貧困や社会的養護にかかわることを決意。社会的養護下で育った若者たちの自立支援にかかわるなかで、施設在所中からのつながりや、生きる力を育む大切さを感じ、「すべてのこどもたちに安心できる居場所と生きる力を」という願いを掲げて2017年に団体設立。現在は週3会社員、週4HUG for ALLという新しい働き方に挑戦中。
村上綾野さんのFacebookはこちら。
村上綾野さんのHPはこちら。
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