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量子コンピューターとは? 未来と課題をわかりやすく解説

文●鶴岡 謙吾/カゴヤ・ジャパン

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※本記事はカゴヤ・ジャパンが提供する「カゴヤのサーバー研究室」に掲載された量子コンピューターとは?未来と課題をわかりやすく解説を再編集したものです。

 最新技術の1つとして、「量子コンピューター」という言葉を耳にする機会が増えました。実際に量子コンピューターを活用し、成果をあげている事例も出始めています。

 一方で量子コンピューターについては、「どうやら計算能力が高い」という以上のことがわからない方も多いのではないでしょうか。量子コンピューターが、まだ期待される計算能力を発揮できていない状況を、理解している方も少ないでしょう。

 本記事では、株式会社Jij代表取締役 山城悠氏に、量子コンピューターとは何かや期待される用途、課題について解説いただきました。

■株式会社Jij代表取締役 山城悠氏
 東工大で量子アニーリングの研究を続けていたときに、量子アニーリングの社会実装を目指す東北大のスタートプロジェクトに参加。そのプロジェクトの成果として立ち上げられた株式会社Jijでは、代表取締役に就任する。現在は自社開発したクラウドサービス「JijZept」にて、量子アニーリングによる最適化計算の「民主化」を目指している。

量子コンピューターとは?(スパコンやGPUとの違い)

――「量子コンピューター」とはどんなコンピューターでしょうか。

山城様:「量子コンピューターとは、「量子」のもつ「重ね合わせ」という性質を活用してデータの処理を行うコンピューターです。

 たとえば10個のbitがある場合、通常のコンピュータであるCPUといった「古典コンピューター」は、2の10乗個の数字のうち1つしか一度に表現できません。

 一方で量子の重ね合わせでは、「0でも1でもある」というように、2つ以上の相反する状態を一度に表現できます。そのため量子なら、10個のbitがあれば2の10乗個の数字が、同時に存在していることを表現できるのです。

 重ね合わせの性質を活用することで、量子コンピューターは古典コンピューターに比べ、理論上は圧倒的な速度で計算を実行できます。

 10bitの計算を処理する場合、古典コンピューターでは以下のように「0」「1」の計算を「2の10乗=1,024回」行う必要がある。一方で量子コンピューターでは、重ね合わせの性質により、この計算をたった1回で行える。

 理論上は古典コンピューターが解くのに1万年かかる問題を、量子コンピューターならたった数分で解くこともできる。

量子コンピューターに期待される用途・可能性

――量子コンピューターは、どのような用途で活躍が期待されているのでしょうか。

|量子の反応に関わる創薬などの分野

山城様:「量子は私たちが暮らす世界に普通にあるものです。例えば光合成も量子効果によって行われているものであり、多くの化学反応は量子効果によるものです。そのため化学に関わる計算特に創薬などに必要なシミュレーションは量子コンピュータの得意な計算領域として期待されています。

 近年では、スパコンによって薬の反応経路を膨大な計算によって調べる取り組みも行われるようになってきています。、そうしたなかで量子コンピューターが活用されるようになれば、新しい病気が登場しても簡単に新しい薬ができる時代になるかもしれません。

|私たちの生活基盤となるインフラ分野

山城様:「インフラの分野でも、量子コンピューターの活躍が期待されますね。世界的に人口が爆発的に増加する中でも、電気やガスなどのエネルギーは継続に届けなくてはなりません。

 そうしたなかで量子コンピューターをはじめとしたいろいろな計算リソースを使い、効率的なエネルギー供給を継続しています。それで人類はなんとか、従来通りエネルギーを利用できる状態を保てているのです。

 インフラは私たちの生活のなかで当たり前にあるものなので、実感はないかもしれません。けれど生活基盤を維持し続けるためにも、量子コンピューターによる「最適化計算」が期待されているのです。

■最適化計算
 「最適化計算」は、量子コンピューターの活躍が期待される用途の1つ。最適化計算とは、いろいろな制約がある問題に対して最適な解を求める計算をさす。

 最適化計算が活用される分かりやすい例が、物流における配送ルートの問題。複数のドライバーが配送先のスケジュールも考慮して、大量の積み荷を適切かつ効率的に配送できるルートを計算するのは簡単ではない。

 この計算のなかに多くの制約と、膨大な数のルートなどの選択肢があるからだ。量子コンピューターによる最適化計算であれば、配送ルートの問題もスピーディーに解くことができると期待されている。

【その他、量子コンピューターの活躍が期待される分野・用途の例】

  ・機械学習
  ・暗号化・復号
  ・金融・市場のシミュレーション
  ・太陽電池などエネルギー効率の改善
  ・航空宇宙における材料の開発など

量子コンピューターの2つの方式

――量子コンピューターには、量子ゲート方式と量子アニーリング方式という2つの方式があります。それぞれの方式の内容について、教えていただけますでしょうか。

|量子ゲート方式

山城様:まず量子ゲート方式とは、通常のコンピュータでも行われているゲート計算の量子版といった計算方法で、あらゆる量子計算を行うことができる方式です。

 ただ量子ゲート方式は技術的なハードルが高く、規模を大きくしたり効率化したりといったことができていません。現時点では量子アニーリング方式の方が、ハードウェア的に少し先に進んでいます。

|量子アニーリング方式

山城様:全ての量子計算ができる量子ゲート方式に対し、量子アニーリング方式とは最適化計算に特化した方式です。逆に言うと、量子アニーリング方式でできることは、量子ゲート方式でもできます。その代わり、現時点では量子ゲート方式に比べ量子アニーリング方式は開発が進んでおりすでに実用化が始まっている状況です。

 量子アニーリング方式では、高温にした金属を冷やして加工しやすくする「焼きなまし」という手法を量子に活用する。具体的には、焼きなましと似た手法で量子ビットのエネルギーが最小になる状態を探索し、最適化計算の解を導き出す。

量子コンピューターの課題

――量子コンピューターが普及するためには、どのような課題があるのでしょうか。

|現時点では期待されるほどの計算能力を達成できていない

山城様:量子コンピューターは、現時点で未発達の状態です。現段階の量子コンピューターはノイズが多過ぎて、十分に並列化できていません。

 一方、HPCのような古典コンピューターは、たくさんのコア数を並べることもできます。量子コンピューターで言うところの、重ね合わせらしいことも実現できてしまうのです。そのため量子コンピューターは期待されているような、古典コンピューターを大きく超える計算能力を実現できていません。

|得意・不得意がある

山城様:量子コンピューターは、全ての計算において古典コンピューターを上回るわけではありません。簡単に言うと得意・不得意があるのです。

 量子コンピュータは高速だと言われるためものすごいスピードで計算をしていると思われることがありますが、そうではなく、異なる計算方法なので得意な問題に関しては計算回数が少ないというところが利点です。

 異なる計算方法の例えとして、古典コンピュータが足し算、量子コンピュータが掛け算だとしましょう。たとえば10を10回足してください、という問題の場合は、10回計算が必要ですね。その計算をするのが古典コンピューターで、量子コンピューターは10×10の1回で計算ができるわけです。

 けれど足し算のパターンによっては、どうしても掛け算では解決できず、足し算を繰り返さないといけない場合も考えられますね。そのようなパターンで計算回数が同じになると、古典コンピューターに比べ量子コンピューターは遅くなるのです。

 量子コンピューターの開発が進んだとしても、全ての古典コンピューターが量子コンピューターに置き換えられるわけではありません。将来的には、それぞれの得意分野ごとに棲み分けがすすむと考えられます。

最適化計算の普及に努める株式会社Jijのクラウドサービス「JijZept」

――御社のJijZeptとはどのようなサービスでしょうか。

山城様:JijZeptは専門知識がなくても、量子アニーリングによる最適化計算を行えるクラウドサービスです。

 本来、最適化計算を行うためには、専門的なさまざまな作業※が必要になります。

■最適化計算に必要な作業の例
  ・最適化計算で解決したい課題の数式化
  ・数式のイジングモデル※1への変換、
  ・ハードウェアに合ったソルバー※2の設定など

※1:イジングモデル/最適化計算を行う際に使われる、統計力学におけるモデル。量子アニーリングマシンに計算を実行させるためには、数式をイジングモデルに変換する必要がある。 ※2:ソルバー/最適化計算を実際に実行するプログラム。

 JijZeptでは、これらの作業をユーザーにかわりソフトウェアが実行します。そのためユーザーは、専門的な技術や知識がなくても量子アニーリングによる最適化計算が行えるわけです。

 弊社はJijZeptによって、誰もが自身のソリューションに最適化計算を活用できるよう普及させることを目指しています。

■「JijZept」の事例
 豊田通商株式会社はJijZeptを利用し、道路を走行する自動車の待ち時間が最短になるよう信号の点灯パターンに関する最適化を実行した。その結果、交差点において自動車が信号で停止せずスムーズに流れやすくなり、自動車の待ち時間を約20%削減することに成功。こちらの事例につきましては、The wall street journal.にも掲載されている。

その他の活用事例

 量子アニーリングは、現時点でもいろいろなシーンで活用されている。ここでは、そのなかでも特徴的な事例をピックアップして紹介する。

|事例①:工場内を走行する無人搬送車の渋滞軽減を実現

 株式会社デンソーはD-Wave Systemsの量子アニーリングコンピューターを使い、工場内を走行する無人搬送車の渋滞を解消する実証実験を行った。無人搬送車は荷物を載せ工場内であらかじめ決められたルートを走行するが、台数が増えることで渋滞が発生していたのだ。

 株式会社デンソーは量子アニーリングコンピューターの計算に基づき、無人搬送車の速度やルートの最適化を続けた。その結果、渋滞が大幅に軽減され、無人搬送車の稼働率が15%あがったとのことだ。

|事例②:コールセンターのシフト作成業務を最適化

 三井住友フィナンシャルグループは日立製作所のCMOSアニーリングを使い、コールセンターにおけるシフト作成業務の最適化に取り組んでいる。

 従来は、ベテラン社員がオペレーターの希望を聞き、「月末は着信件数が多い」などの経験や勘をふまえシフト作成を行っていた。しかしオペレーターごとのスキルまで考慮したシフト作成が困難な上に、時間帯によってはオペレーターの過不足が発生していたとのこと。

 本件ではシフト作成の制約を反映させた条件式を調整しながら、量子アニーリングによってシフト作成を継続。その結果、以下にあげる成果があった。

  ・オペレーターの人員不足を62%削減
  ・オペレーターの人員過剰を34%削減
  ・オペレーターの希望反映度が96%→100%に上昇
  ・総不足人員を20%削減
  ・管理者がシフト作成にかける月間時間を、14.5時間から3時間に削減

まとめ

 量子コンピューターは量子がもつ重ね合わせという性質を利用し、スパコンなどの古典コンピューターより高い計算能力を実現します。ただ量子コンピューターを実現する技術が現時点で確立されておらず、期待される計算能力が実現できていない状況です。

 一方で最適化計算に特化した量子アニーリング方式に関しては、実用がはじまっており着実に成果をあげています。なかでもJijZeptは、専門知識がない方でも量子アニーリングによる最適化計算が利用できるクラウドサービスです。

 JijZeptの利用にあたって、ユーザーは高い価格のコンピューターを購入したり運用したりする必要はありません。また量子アニーリングによる最適化計算に必要な作業を、全てソフトウェアが行ってくれます。

 JijZeptについて詳しく知りたい方は、ぜひ以下の公式サイトをご覧ください。
https://www.jijzept.com/ja

 またJijZeptでは、KAGOYAのHPCサービス「SX-Aurora TSUBASA クラウド」を使っています。JijZeptの運用にあたりSX-Aurora TSUBASA クラウドが選ばれた理由については、以下導入事例をご覧ください。

●導入事例:スパコンのクラウド利用でAI対話サービスを多方面に展開、ウェルヴィル

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