技術もエモも豊作だった「JAWS FESTA 2019」 第5回
北海道で奮闘するあるスタートアップが目指す「農業のAWS」
アグリテックに魅入られた濱田さんが歩んできた失敗と復活劇
2019年12月12日 07時00分更新
北海道と言えば美味しいモノでいっぱいの大地というイメージを持つ人が多いと思う。実際、第一次産業は盛んで、農業や酪農へのIT活用先進地でもある。そんな北海道の地を舞台にアグリテックのスタートアップとして起業し、奮闘する農業情報設計社の濱田 安之さんが自らの挑戦と失敗の歴史を語ってくれた。
机上の研究者ではなく現場を知るエンジニアでありたいと願った
濱田さんがCEOを勤める農業情報設計社では、トラクターの自動運転技術などを提供している。国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構や農林水産省で農業機械開発の研究者として長年勤めていた、農業機械のエキスパートとしての経歴を持つ。
「当時からトラクターの自動運転システムを手がけていました。トラクターはまっすぐ等間隔に走らせることが重要なのですが、それが簡単ではないのです」(濱田さん)
自身でも運転してみて、まっすぐ走らせることの難しさと重要性を実感したという濱田さん。トラクターをまっすぐ走らせることで、無駄なく肥料や農薬を散布できる。すき間があけば、そこから病気が発生する。かといって間隙を嫌って走行経路が重なるように走らせれば、薬剤と時間のロスが発生する。
最初に作った農用作業車輌ナビゲーターは、Visual Basicで作られ、その後C#で再構築された。農業機械の展示会で発表したが、同時期に海外からも競合製品が出揃い、1台も売れなかったという。
「ソフトウェアをゼロ円にしても、GPSや自動操舵システムだけで100万円を超える価格になりました。それに対して海外の競合製品は数十万円だったのです」(濱田さん)
この結果を受けて周囲からは「研究者なのだからひとつの課題に固執するよりも新しい課題を見つけて論文を書くべき」とアドバイスを受けたという。しかし濱田さんは、自分の手で作ったモノを現場に届けることにこだわった。畑や田んぼ、そこで生まれる農作物、働く農業者に一番近い場所にいたい、自分が作ったモノでその人たちを助けたいという思いが強かった。
「自分でリスクを背負ってやるしかないと思いました。しかし丸腰で起業するのは怖かったので、メーカーを集めて技術開発を行ったり、起業支援を行ったりして地盤づくりをしました」(濱田さん)
独立してからも、いろいろなことがあった。無人機の動きを学ぼうとDJIのドローンを購入したが、すぐに操作ミスで川に落としてしまった。この悲しさを力に、ドローンのシミュレータを開発。これをベースに農業機械のナビゲータプログラムを作って国内最大の農業機械展示会に持って行ったらオフ会で盛り上がり、さらに作り込んでいった。
関連技術のマイクロサービス化を進め、「農業業界のAWS」を目指す
ここまでは順調に見える濱田さんの経歴だが、ここから困難な時期に突入する。安価に製品化するためにAndroidタブレットと外付けGPSを組み合わせたシステムを開発していたが、流用できるコンポーネントがほとんどなかったため、デバイスドライバからの開発が待っていた。
「Androidタブレットは安価で使いやすいのですが、GPSの精度が足りないので外付けのGPSを使いました。この組みあわせで製品価格をずいぶん押さえることができました。競合他社は相変わらず専用機を作り込んでいて、50万円程度していたので、価格競争力もあると感じました」(濱田さん)
Android向けに開発したアプリ「Agribus-Navi」は、スタートアップ対象のビジネスピッチでも5戦4勝と好成績と残し、ビジネス成功を確信していた。しかし一方でハードウェア開発に時間がかかり、資金繰りに奔走することにもなった。資金繰りに取られる時間は増え、開発に手が回らなくなり最終的に会社はほぼ解散状態に。
「会社が解散寸前になった頃、家族も解散してソロデビューしました。こちらは音楽性の違いです」(濱田さん)
公私ともに追い詰められた2018年11月、製品がTechCrunchに掲載され、注目を浴びることに。Agribus-Naviは世界中でダウンロードされ、次のステップに進めることになった。Agribus-Naviは農業機械を実際に動かすシステムなので、PDCAでいえばDに当たる。P、C、Aも用意して農業全体をカバーしたいと考え、Agribus-Naviで得られたデータを可視化するAgribus-Webや、現状を把握するAgribus-Nowを開発することになった。
「これには、Beanstalkを中心にAWSを使って強力なバックエンドをクラウドに構築しました。世界中からのアクセスにも耐えられます」(濱田さん)
合わせてハードウェアのバージョンアップも進めてきた。濱田さん曰く「巨大なDeepRacerを作っているようなものです」とのこと。しかし、農作業の本質は作業そのものではない。作業の結果、いかに効率よく品質の高い作物を得られるかが重要だ。
「これを実現するためには、現場にいる農家の知見が必要です。私たちが作っているのは、そのインフラに過ぎません。スケーラブルな農業機械の実現に向けて、農作業のクラウド化に向けたインフラを構築して提供していきます」(濱田さん)
農業機械操作のマイクロサービス化、Agricultural Real Tech as a Serveiceを進めることが濱田さんたちの進むべき道だと言う。
「われわれにこれから立ちはだかるさまざまな障害は、すでにみなさんが常日頃考えていることと変わりません。クラウドの知見をリアルテックに生かしたい。そのために力を貸して欲しい」(濱田さん)
より具体的には、肥料などの農業関連企業がこれからサービス、アプリケーションを作るときに必要なコンポーネントを提供できるような、「農業会のAWSになりたい」と濱田さんは語る。農業情報設計社はアプリケーションや完成品を提供するだけではなく、それらを構築するためのインフラとしてありたいという濱田さんの意思表明でもあった。
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