業務を変えるkintoneユーザー事例 第64回
初めてのB2Cチャレンジの裏にkintone愛憎劇あり
三井化学が「タッチフォーカス」の販売システムを約半年で作った話
2019年10月15日 09時00分更新
B2Bビジネスしか経験したことがない企業が、B2Cビジネスに進出するためには数々のハードルがある。まず、コンシューマーに直接手に取ってもらえる製品を作らなければならない。三井化学は魅力的な製品作りに成功し、この大きなハードルを越えてきた。しかしB2Cビジネスに乗り出すためにはそれだけでは足りなかったのだ。B2Bとは違った要求に応えるシステムが必要だった。このシステムを三井化学は、kintoneで整備してきた。
素材を売る総合化学メーカーが最終製品の製造、販売に乗り出した
kintone hive 2019 Tokyoのユーザーセッション、トリを飾ったのは三井化学 新ヘルスケア事業開発室 篠原 文子氏だ。セッションタイトルは「BtoCへの挑戦 化学素材メーカーがメガネを売る」というもの。
「三井化学は2019年で創業108年を迎える総合化学メーカーです。旧財閥系で従業員は1万7千人、2018年度の売上高は1兆4800億円でした。総合化学メーカーと言うと何をしている会社かわかりにくいと思いますが、石油を分解して他の物質と化学反応させて素材を作り、他の企業に売っています。購入した企業さんは、それを他の素材と混ぜてプラスチック製品などを作ります」(篠原氏)
つまり、コンシューマーの手に渡る製品の素材、あるいは素材の素材をつくっているのが三井化学という訳だ。それにしても、kintoneのユーザーセッションでは中朝企業の登壇が多いだけに、この事業規模は大きなインパクトがある。
「モビリティ、ヘルスケア、フード&パッケージング、次世代事業、基礎素材という5つの事業領域に分かれており、私はヘルスケア事業に携わっています。三井化学のヘルスケア事業における花形商品が『PETモノマー』というもの。メガネのプラスチックレンズを作る素材で、世界シェアは40%、国内シェアに至っては70%ほどを占めています。あなたが今かけているメガネのレンズにも、三井化学のPETモノマーが使われているかもしれません」(篠原氏)
三井化学はこの強みを活かし、近年は素材だけではなくレンズそのものの開発にも乗り出している。その成果のひとつが、開発期間10年を要した度数可変レンズだ。9層配列のレンズに液晶の層を挟み込み、電圧をかけることで液晶の分子配列を制御、度数を瞬時に変化させる。この画期的なレンズの誕生を機に、メガネそのものの開発へと歩みを進めた。ワンタッチで度数を変えられる遠近両用メガネ「TouchFocus(タッチフォーカス)」の誕生だ。こうして三井化学はメガネ販売へ、B2Cビジネスへと1歩を踏み出すことになった。
製品は完成、販路も確保、でも受注システムがない!
実は三井化学が2018年春に発売した新しいメガネは、筆者も気になっていた。遠視と乱視のため仕事中はメガネをかけているが、そろそろ老眼も気になる。検眼のたびに「老眼鏡はまだ早いですね」と言われるものの、必要になるタイミングは迫っている。気にしている折りにWeb記事で見かけたのが、三井化学のタッチフォーカスだった。面白い発想の製品だと強く興味を惹かれたのを覚えているが、まさかこれが三井化学におけるBtoCファーストプロダクトだったとは、本セッションに触れるまで知らなかった。
筆者がタッチフォーカスを知ったのは2019年になってからのことだったと思うが、本製品の発売は2018年2月。「メガネまで作って売ろう」と決済がおりてから、なんと半年の準備期間しかなかったとのこと。そんな中、製品開発を進めつつ販路も確保していった。発売に向けた道のりは順風満帆に思えた。
「でもふと、気になってしまったんです。これ、どうやって注文取るんですか?と」(篠原氏)
三井化学の従来のビジネスは巨大な装置産業であり、化学プラントで大量に生産してコンテナやドラム缶で納品するスタイルだった。しかしBtoC、それもメガネとなれば個人に合わせたカスタムメイドで、注文を受けてからレンズを削ってフレームにセットし、箱に入れて納品しなければならない。今までとは受注方法も生産方法も納品方法も、何もかも違っていた。
当時、タッチフォーカスの開発に携わっていたメンバーは約20名、システム担当者などいるはずもなく、直接の担当者ではなかったがシステム経験がある篠原氏に白羽の矢が立った。
「まず、社内のシステムを確認しました。従来のビジネスに合わせた巨大なERPが中心で、メガネのオーダーを取れるようにカスタマイズするなど現実的ではありませんでした。Webサーバーを作ってメガネオーダー用のシステムを構築しようかとも思いましたが、経験もないし時間もありません。メガネオーダー用のパッケージ製品も見つかりませんでした。いろいろ探している中で出会ったのが、kintoneでした」(篠原氏)
kintoneを使い半年でメガネオーダーシステムを構築、その後も進化中
自由にアプリを作れるkintoneなら、なんとかなりそうだ。そう考え、篠原さんはkintoneを導入してメガネオーダー用のアプリ開発に着手した。目的はひとつ、「メガネ販売店からオーダーを取ること」、当初はそれだけに絞ったという。そのために心がけたことは、次の3点。エラーを出さないこと、機能はシンプルにミニマムに、すぐに対応できるように。
「オーダーアプリを使うのは社内の人間ではなく、販売店の方です。フォームを見たら直感的に入力できるようにしなければなりません。そのときエラーが出れば信頼に関わりますし、エラー対応に割くリソースもないので、エラーが出ないようとにかくシンプルな仕組み、標準機能だけでアプリを作ることにこだわりました」(篠原氏)
たとえば、他の販売店が入力した情報が見えてはお互いに困るため、販売店アカウントを組織ごとに分けた。オーダーする際に組織入力欄に「優先する組織」の組織コードを自動入力し、閲覧権限の設定に「組織コードが自分の組織のものであること」という条件を組み込んだ。これだけで、自分の店舗のオーダーしか見えないようになる。
また、発注後にレコードを書き換えられては困るので、ステータス欄を設けた。ステータス欄が「入力中」であれば販売店はレコードを編集できるが、「発注」など他のステータスに進むと編集できなくなる。これも、標準機能の管理権限設定だけで実現できた。
「調べれば調べるほどいろいろできることがわかり、もうkintoneラブ! kintoneとやっていくんだと、恋に落ちました。ところが、こういう蜜月って長く続かないんですね……。実際に使い出すと、頭が固くて、寸足らずで、イライラすることもありました」(篠原氏)
ラブからのまさかの落差で会場に笑いを起こした篠原氏は、実際に困った事例をいくつか挙げてくれた。そのひとつが、ルックアップで使えるキーがひとつだけというもの。RDBを触ったことのある人間なら、複数のキーで絞り込んだりしたくなるものだが、kintoneでは不可能だ。また、他店舗の情報が見えないようにアクセス権を分けたら、ルックアップの情報も入ってこなくなってしまい困ったなど、大変な思いをしながら開発したようだ。
「kintoneのいいところは、小さくスタートできるところ。小さく作ってはお客様に見てもらって反応をもらって、作っては直し作っては直し、なんとか半年でオーダーを受けられるところまで作り上げました」(篠原氏)
kintoneをいっぱい使って、世界へ羽ばたこう!
15のアプリ、3つのデータマスターからなるメガネオーダーシステムを準備して迎えた2018年2月15日、タッチフォーカスの発売日だ。10時とともにアプリを公開、リリースの興奮も冷めやらぬうちに、最初のオーダーが入ってきた。2018年2月15日10時1分、三井化学のB2Cビジネスがとうとう本格的に始動した瞬間だった。
「半年間必死になって作ったシステムが動き出して、本当に感動的でした。やってきてよかったと心から思いました」(篠原氏)
それから1年4ヵ月が経った。リリース後もメガネオーダーシステムは進化を続け、約50アプリが連動するまでになっている。さすがに標準機能だけでは要望に応えきれなくなり、API連携やJavaScriptも導入されたそうだ。その間に、当初9店舗だった取扱店は北海道から沖縄まで60店舗以上に広がり、ビジネス、システムともに順調に回り続けているという。そう現状を語った後、篠原氏は最後に力強く会場に呼びかけ、セッションを締めくくった。
「今後はタッチフォーカスのグローバル展開も予定しています。みなさんもkintoneをいっぱい使って、世界へ羽ばたきましょう!」(篠原氏)
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