これからのVR業界を牽引するVR作品やクリエイターを発掘し、認知度向上や活動支援を目的として開催されるVRクリエイティブアワード2018。2018年8月26日、東京都・渋谷のEDGE ofにて、本アワードの最終審査やデモイベントが開催された。本記事ではその様子をレポートする。
今年で4回目となるVRクリエイティブアワード。当日はまず最終審査前に、それぞれのコンテンツの魅力やテーマについてのプレゼンが行われた。その後デモを順次に体験し、最後に受賞者が発表、という流れだ。まずは会場でデモを行っていたVRコンテンツをいくつか紹介しよう。
ハッピーおしゃれタイム
ハシラスの水上智絵氏による「ハッピーおしゃれタイム」。通称「ハピおしゃ」として楽しまれているVRコンテンツだ。体験時はバックパックPCを背負い、HTC VIVEを装着。コントローラーを両手に持ち、かわいいアイドルになりきってゲームをプレイする。アバターの着せ替えや写真撮影ができ、設置されている施設によってはゲームプレイ後の撮影会で撮った写真の印刷まで可能だ。
Steamなどのゲーム配信プラットフォームや大型VR体験施設に設置されているVRコンテンツは、シューティングやレース、ホラーアドベンチャーといったジャンルのものが多い。「ハピおしゃ」のような純粋に「かわいい」を楽しめるコンテンツは希少。少女マンガチックなビジュアルだが、女性だけではなく男性がプレイしても「自分がかわいい」という感覚を味わえる作品に仕上がっている。4人まで同時に体験できるのも嬉しいところで、2018年6月にはゲーム部分の追加要素や楽曲追加などのアップデートもされている。クオリティの高さや継続的なアップデートの可能性なども、ファイナリスト評価へ繋がったのだろう。当日のデモブースも盛況だった。
おうち de VTuber 撮影スタジオ
メディアアーティスト・坪倉輝明氏による「おうち de VTuber 撮影スタジオ」は、ソーシャルVRプラットフォーム「VRChat」上に作成されたバーチャル撮影スタジオだ。昨今のバーチャルYouTuber(VTuber)ブームはすさまじく、2017年末からおよそ4000人以上のVTuberがデビューしている。しかし3DでVTuberの動画を撮影するのはまだ技術的なハードルが高く、それらのハードルを専門的な知識がなくともクリアできるように制作された。VR空間上に存在しているため、広い場所や大がかりな設備などを必要とせず、複数人で協力して番組を制作できる。
デモ展示では実際にHTC VIVEを装着、VRクリエイティブアワードの開催場所「渋谷EDGE of」のデモ会場からVRChatの当該ワールドにログインし、そこで機能の説明を受けられた。このワールドは公開されているため、さまざまな人々が会場からだけではなくオンラインで訪れていた。このワールド内には更衣室(使用中の3Dアバターをほかのアバターにチェンジしたり、それを鏡でチェックできる部屋)や撮影セット、カメラ操作用のコントロールパネルなどがセットされており、その場でカメラのフェードイン・アウトなどもできる。実際にこれを使用して撮影された番組もいくつか公開されているので、興味がある人は調べてみてほしい。昨今のVTuberブームやVRChatにおける「バーチャルアバターを使うことの民主化」はこうした場所からさらに進んでいきそうだ。
ムー 未知との交信VR
こちらはあの有名オカルト雑誌「ムー」のVRコンテンツ。開発はダイナモアミューズメントが担当し、最大5人でプレイできるVRアトラクションだ。当日はデモブース前のテレビでビデオメッセージ(という体裁の体験説明)を受け、HTC VIVEを通してムーのUFOチャネリング実験に参加する。椅子に座って丸いテーブルを囲み、片手にコントローラーを持ってプレイすることになる。
参加者がUFOチャネリングに成功すると、舞台はUFOの中、そして南米のジャングルへ。さまざまなUMA(未確認動物)が出現する。VR内では手に持っているコントローラーがタブレット(か大きめのスマートフォン)となり、ムーの次号を飾るスクープ記事の写真を撮影する。VR内の光がタブレットに反射する様子や影との連動など、細かい箇所で「現実っぽさ」を削がないための配慮がされており好印象だ。さらに椅子の下には振動を発生させるための装置が仕組まれており、これがワープ時の体験に貢献している。ユニークかつムーならでは、そして懐かしさも感じるVRコンテンツに仕上がっていた。
Elastic Arm Illusion
こちらは打って変わって実験的な展示。名古屋市立大学芸術工学研究科の小鷹研究室(森光洋氏・小鷹研理氏)によるものだ。体験者は仰向けにマットレスの上に横たわり、湾曲した棒(VIVEトラッカーが取りつけられている)を手に持つ。次にHTC VIVEを装着し、準備は完了だ。スタッフが棒を持って体重計測器に乗り、体験者の腕を引っ張り上げる。VR内で映し出されている映像ではこれに連動して体験者自身の腕が伸びるのだが、どういうわけか不思議と「腕が自然に、まるでゴムのように長く伸びる」ということをすんなりと受け入れてしまう。
仕組みはこうだ。体験者の腕が引っ張られると、その体重がスタッフの方に移動し、足下の計測器と連動してVR内の腕が伸びる。小鷹氏いわく、体重移動に加えて「両手より片腕の方が物理的なレベルで遠くまで伸ばせる(身体を傾けるなど)」ことを利用して、この錯覚を生み出しているとのこと。なんとも不思議な体験である。小鷹研究室ではこうした身体の錯覚や「普段自分たちが意識する、しないに関わらず持っている身体の“輪郭”」を崩す実験を研究やVR作品を多数発表している。興味がある人はぜひ公式ウェブサイトなどをチェックしてみてほしい。
ここまで取り上げたのは全12作品中4作品だが、ほかにもディープラーニングで自分の顔の動きを任意の画像の人物の顔と連動させてコントロールできる「XPression」、VR空間内で会議やコミュニケーションを取れるビジネス向けサービス「NEUTRANS BIZ」、Gear VRを使用して恐竜たちのいる世界を体験できる「ABAL:DINOSAUR」、そしてバーチャルアバターでの配信を可能とする「バーチャルキャスト」など、注目のVRコンテンツが多数展示されていた。
新製品や高解像度液晶ディスプレーも
会場にはゴールドスポンサーを務めるジャパンディスプレイ(JDI)やInsta360(Shenzen Arashi Vision)、そしてプラチナスポンサーであるHTC NIPPONのデモブースも設置されていた。
こちらはJDIのデモブース。803ppi、1001ppiといった非常に高精細な液晶ディスプレーを使用しており、従来のスマートフォンの300~500ppi前後と比較するとそれぞれ1.5倍から2倍近い画素数を実現している。まずはスマートフォンを利用するタイプのVRゴーグルを装着して360度動画を視聴、その後803ppiや1001ppiのディスプレーで同じ動画を視聴する。これがかなりキレイで、特に1001ppiのものではディスプレー上に網目模様が見えてしまう現象(スクリーンドア効果)をほとんど感じられないほど。2018年度中のメーカー納入を目指しているとのことで、今後にも期待が持てそうだ。
同時に展示されていたInsta360のブースでは、新型のプロ向け360度カメラ「Insta360 Pro 2」が設置されていた。8K解像度で3Dの360度動画を撮影でき、地上距離300m(空中ならなんと3km)のリモートコントロールが可能となり、高ビットレートでの撮影や強力なブレ補正など、さまざまな機能向上が図られている。お値段は約68万円と簡単に手が出せるとは言い難いものの、この高機能ぶりはさすがの一言。さまざまな場面で抜群の威力を発揮するだろう。
そしてこちらはVIVEブース。プレゼン会場である2Fに設置されているこの大がかりなセットは、足を使ってプレイするVRゲーム「キック&ブランコ」だ。両足にVIVEトラッカーを取りつけ、足を振ってプレイする。ブランコの座る部分にもVIVEトラッカーが取り付けられており、これで位置をトラッキングする仕組みだ。(ほぼ)手を使わずに遊べるVRゲームというのはなかなか斬新で、また傍目から見ても興味を惹くブースになっていた。
筆者も実際にプレイしてみたが、これがなかなか楽しい。いわゆる「靴飛ばし」の要領で足を振り、VR内では飛ばした靴を的に当てる。いくつかの的に当てたあとは連打モードに入り、両足をひたすらブンブン振って的に靴を当てまくる。コントロールが難しいのではないかと思ったものの、補整が効いておりサクサクとプレイできた。途中からは地上を離れて文字通りの「空中ブランコ」モードとなり、これまた足を振って移動する。現実では数十センチ下に地面がきちんとあるにも関わらず、VR×ブランコという組み合わせは思いのほか“効く”ようで、自分が宙に浮いているかのような感触を味わえた。
気になる最優秀賞はあのコンテンツに
一般参加者によるデモ体験を終え、最後に賞の発表時間となった。審査員特別賞はABALによる「ABAL:DINOSAUR」。シンプルにVR体験のクオリティの高さを評価されての受賞だ。
また、本イベントの後援である一般財団法人・大川ドリーム基金による大川ドリーム賞にはSynamonの「NEUTRANS BIZ」が輝いた。審査員の一人、筑波大学学長補佐・准教授の落合陽一氏は「使用できそうなシーンは多く、ニーズは非常に高いと思われる。個人的にも買いたいくらい」と好評価。
そしてプラチナスポンサーを務めるHTC NIPPONからHTC VIVE賞を贈られたのは、ダイナモアミューズメントの「ムー 未知との交信VR」。事前の発表では賞品として「VIVEっぽいもの」とだけ記載されていたが、これがなんと日本では未発売の一体型VRヘッドセット「VIVE Focus」。技適を通過したところであり、年内の発売が予定されている。代表として壇上に上がった小川直樹氏は「これ(VIVE Focus)を使って開発していきたいですね」とコメントした。
優秀賞は「ハッピーおしゃれタイム」と「hearing things #Metoronome」の2作品が受賞。前者は記事中で紹介した通り、VRでかわいいアイドルになりきれるコンテンツ。後者はサウンドアーティストのevala氏による、メトロノームを多数利用して作り出される“音の心象風景”を“耳で視る”、かなりアーティスティックな体験ができる作品だ。方向性は真逆だが、いずれも審査員からの評価は高かった。
そして、栄えある最優秀賞は「バーチャルキャスト」と「VRM - 3D avatar file format for VR」のセットでの受賞。いずれもバーチャルキャスト社によるもので、VRでのライブコミュニケーションサービス、そしてVR向けの3Dアバターの標準ファイルフォーマットだ。プラットフォーム・企画が統一されることによる今後の発展や広がりを高く評価されての受賞となった。
今回のVRクリエイティブアワードのファイナリスト作品は完成度の高いエンタメ系VRコンテンツあり、アートやクリエイティブ・学術としての作品あり、とVRコンテンツの多様性を示す結果となった。昨今のVTuberブームや施設型VRの加熱、一体型VRヘッドセットによるVRのさらなる普及などを通して、来年はどのような光景が見れるのだろうか。今から次回開催が楽しみでならない。