第574回 SORACOM公式ブログ

ソラコム公式ブログ

「ついカッとなって作った」 補助金騒動から生まれたポータブル通信電流計ENIMAS 製造業から外食チェーンまで魅了

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本記事は、ASCII.jp(株式会社角川アスキー総合研究所)に掲載された記事より転載/再編集したものです。
元記事:https://ascii.jp/elem/000/004/257/4257661/ 文:大谷イビサ 編集:ASCII 撮影:曽根田元

 相模原の町工場が作ったクラウド対応の電流計「ENIMAS」。クランプセンサーで電線を挟み込むだけで電力を測定し、クラウドで見える化できる。脱炭素や省エネを進める製造業のみならず、外食チェーンでは電気の使い方からオペレーションの改善に活かしている。開発元であるエニマスの二関 智司氏に、ENIMASの開発秘話やユーザー事例、そして通信とセキュリティを支えるSORACOMについて聞いた。

クランプセンサーで簡単に電力測定 クラウドへの送信にソラコム

 ENIMASはクラウド対応の電流計。本体と端子部分がフラットケーブルでつながるセパレート構造になっており、端子部分は工場の機械に給電する分電盤の中に格納され、「クランプセンサー」が計測した電力を受け取る。既存の電流計との差別化ポイントは、このクランプセンサーだ。電線を切断し、回路と接続することで電力を測るテスターと異なり、クランプセンサーは電線を挟み込むだけで電力を測定できる。

ポータブル通信電流計ENIMAS

 開発元であるエニマスの二関智司氏は、「クランプで電線を挟み込むだけなので、自宅で使うことだって可能です。娘が朝シャンでドライヤー15分も使っていて、その間どれくらい電力使っているかを測ることだって可能なんですよ」と笑う。最新モデルでは、最大8チャンネル同時に電力を計測できるため、工場にあるさまざまな機械の電力使用量を同時に計測できる。

 もう1つの大きな特徴は通信機能を有している点。従来の電流計は、測定データがメモリカードに保存されていたため、データをいちいち取り出して、自分たちで加工しなければならなかった。これに対して、ENIMASは1分間隔でデータをクラウドにアップロードできる。「電力データの収集に人手が要らなくなるんです」と二関氏は語る。

 他の電流計とENIMASの差別化を生み出しているこの通信は、プロトタイプの時点からソラコムの「SORACOM Air」を利用している。また、セキュアな通信を実現するためにSORACOM Beamも導入しており、デバイスの認証とセキュアなプロトコルへの変換を実現している。「デバイスごとにセキュリティを実装しようとするとソフトウェアがとても複雑になってしまいます。その点、SORACOMを使えば、セキュリティを意識しないで済むのが楽ですね」(二関氏)。

 SORACOMのコンソールも常用しており、ユーザーに納品したらSIMをアクティブにしたり、通信状態が悪いときは再起動させるといった操作も行なっている。「毎日、ソラコムのユーザーコンソールにログインしています」と二関氏は語る。

エニマス 専務取締役 二関智司氏

電力を見える化し、省エネアクションにつなげるサービス

 ENIMASは単なる電流計ではなく、電力の見える化を提供する「サービス」だ。収集した電力データは、クラウドサービスの「ENIMAS」上で見える化され、スマホのブラウザから確認できる。アプリをダウンロードせず、機械に貼られたQRコードを読めば、グラフを閲覧できるので手軽。「大手企業だとアプリがセキュリティチェックに引っかかりますが、これなら大丈夫。現場の担当者が目の前にある機械がどれだけの電力を使っているかすぐに確認できます」(二関氏)。

 確認できるのは、デバイスが登録された住所の外気温、ENIMASのセンサーで感知した室内温度、クランプセンサーが検知した機械の消費電力だ。外気温と内気温を計測するのは、電力利用量が空調と連動するからだ。加えて、現在の消費電力から予測した今後の消費電力、電気代、排出炭素量まで算出される。

ENIMASで検知した電力量をチェック

 さらに「ENIMAS PRO」というオプションサービスを用いると、工場全体のデータを統合的に見える化することが可能だ。複数チャンネルの計測データを統合的に集計し、照明、工作機械、空調という3つのカテゴリで分類できるため、会社全体の電力利用量やコストを把握できる。

ENIMAS PROなら工場全体の可視化も可能

 「電力会社の明細見ても、1ヶ月いくらしか出てきません。土日に動かしていない機械でも、電源を入れっぱなしにしたら、電気代がかかっています。もったいないという感情につながります」(二関氏)。なにが電力を消費しているのかがわかれば、あとは具体的な節電アクションにつなげられる。「動かしていない工作機械の待機電力を見て、これって電力を入れておかなければならないかの議論が社内で始まります」(二関氏)。

誕生のきっかけは補助金の返還要請

 開発したエニマスは神奈川県相模原市に本社を置くコバヤシ精密工業の子会社にあたる。コバヤシ精密工業は金属加工を手がける製造業で、ロボットのセンサーなどを手がけている。

相模原市にあるコバヤシ精密工業。ごくごく普通の中小製造業だ

 ことの発端は、金属加工を手がけるコバヤシ精密工業が、相模原市の省エネ補助金を利用すべく、工場内の照明のLED化を進めた7年前にさかのぼる。「その年はたまたま業績がよかったので、機械を2台購入したんです。そうしたら電気代がすごく上がってしまった。でも、機械の電力を個別に測る装置が当時はあまりなく、補助金申請に必要な電力利用量の証明ができなかったんです」と二関氏は説明する。

 この結果、「計画と違う」という理由で、相模原市からは補助金の返還を要請されてしまった。この話をコバヤシ精密工業の小林社長が市内の社長友達に話し、「きちんと電力を測って、市をギャフンと言わせたい!」と持ちかけたところ、5社で作ったのが、ENIMASのプロトタイプ。「補助金返せ」という依頼に対して、「ついカッとなって」作ってしまったのがENIMASなのだ。

 実は相模原市は製造業の集積地域で、半導体、ロボット、通信、機械加工など尖った技術を持つ多くの工場がひしめいている。こうした技術力のあるメーカーが得意分野を活かしたことで、ENIMASの原型はたった1年で完成した。プロトタイプは社内で利用してきたが、そのときに追い風となったのが当時の菅義偉政権の「カーボンニュートラル」のかけ声。「これは外販したら売れるのでは?」(二関氏)ということで、製品化に進んだわけだ。

 ただ、コバヤシ精密工業がプロトタイプから製品版の完成に至るまでは5年の時間を費やした。そして、完成品が名古屋の展示会に初出展されたときに、子会社のエニマスを設立すべく、招へいされたのが今回取材した二関氏。「こんな製品を作っていたこと自体、知らなかった。『お披露目を名古屋でやるから』と誘われていったら、もう手伝うことになっていて、名刺までできていました(笑)。でも、説明聞いた段階で、『これは売れるな』と思いました」と二関氏は振り返る。

 実際、出展ブースには朝からひっきりなしに人が訪れ、朝に説明を聞いていた立場だった二関氏もさっそく説明に立っていたという。「製品が披露された2年前は、ちょうど脱炭素の取り組みが本格化した頃。みなさんどうやってクランプセンサーで電力をとるか、人を介在させないで節電と脱炭素を実現するか、共通の悩みを抱えていました」と二関氏は語る。こうしたニーズにきっちりはまったのがENIMASで、多くの製造現場のニーズを捉えていたという。

製造業にとって死活問題の電気代高騰 年間500万円の節電で乗り切る

 電力の見える化という点では、ENIMASに競合製品がないわけではない。ただ、後付けできるという点が大きな差別化要素だ。クランプセンサーを挟むだけなので、電気工事士の資格も不要。「工場の設備として導入する装置は性能もいいし、全装置が見えますが、大がかりで、コストも桁違いです。脱炭素のような後から出てきたニーズに対する製品は競合として少ないんです」と二関氏は語る。

ENIMASは端子部分(左)と本体(右)に別れている
クランプで電線を挟み込めば電流を測定できる

 2022年10月に発売されたENIMAS。「SDGs」「カーボンニュートラル」「脱炭素」など、環境負荷を低減するさまざまなフレーズの下、ENIMASを受け入れる市場はますます拡がっている。特に、原価に大きな影響を与える電力コストの高騰は、製造業の省エネ化を加速している。工場での電気の基本契約は、最大利用量のピーク電力で決まる。ピーク電力が上がると、1年間の基本料金がすべからく上がってしまうため、原価へのインパクトが大きい。

 これに対して、エニマスの提案は電力を見える化し、まずは運用で改善し、その次に省エネ設備や自家発電などを導入するというステップだ。「発電のための資源がないとか、そもそも発電量が少ないとか、いろいろな問題がありますが、『まずは無駄な電力を削減しましょう』とお客さまには提案しています」(二関氏)。

 契約電力の基本料金を大きく下げたのは、まさにコバヤシ精密工業のケース。「171kwの契約電力を143kwにまで下げました。1kw下げると、基本料金が3000円くらい下げられる。対前年比で12万kw削減でき、年間500万円くらい電気代を下げられたんです」と語る。運用だけで年間500万円のコスト削減は多くの社長にとって大きなインパクトであろう。

コバヤシ精密工業の社内でももちろん活用
8台の電流を見える化できるENIMAS

外食チェーンでは電力の見える化からオペレーションの改善へ

 発売から2年間の導入は、実は日本を代表するような大手企業が多い。「大手企業は、脱炭素に向けた取り組みを国に報告する義務が厳しく課されています。結果だけではなく、計画も出さなければならないので、会社の電力消費全体を把握する必要があります」と二関氏。ただ、製造業を前提に作ったENIMASだが、ニーズは製造業以外の方が高い。意外なのは、外食チェーン店の利活用だ。

 外食チェーンの課題は、本部から店舗が見えにくいこと。店舗数が増えると、スーパーバイザーの管理も行き届かなくなり、ましてフランチャイズ店はブラックボックス化してしまう。もちろん、店舗の消費電力やコストを算出し、本部から把握するのも困難だ。

 とある大手レストランチェーングループがぶち当たったのは、「同じ地域、同じ売上規模の店舗なのに、電気代が倍違う」という課題だった。店舗では、照明、空調、調理機械などがほとんどの電力を消費するが、店舗によって電気代が違うのはなぜか? 原因を調べるため、大手レストランチェーングループでは、まず電気代の高い店舗にENIMASを取り付け、電気の利用量を調べてみた。

 その結果、わかったのはオペレーションの不備だった。「たとえば、お湯を沸かす装置を消し忘れ一晩中動かしていたり、30分で利用可能になるフライヤーを開店時間よりかなり前から動かしていたことがわかったんです」(二関氏)。データを元に本部が仮説を立て、店舗に確認したことで、ルールが徹底されていなかったことが明らかになったわけだ。

 また、製造年の違いで冷蔵庫の省エネ性能が実に3倍違うことも実測で明らかになったため、冷蔵庫は5年で買い換えることに決めた。内気温と外気温の差からエアコンの設定温度の下げすぎもわかった。「店舗からは『いきなりエアコンが壊れました』という報告が来るのですが、実はすでに効かないエアコンで無理に冷やしていたことも多かったんです」(二関氏)。ENIMASが現場をどんどん見える化したことによって、議論が進み、仮説が生まれ、省エネのための検証とアクションに進める。データドリブンなPDCAを実現した好例と言える。

 グローバル展開する別の外食チェーンは、世界的な脱炭素の流れの中、直営店でENIMASを導入している。「本社や本部が脱炭素を掲げても、(オーナーが設備を所有・運用する)フランチャイズ店は管理が及びにくい。エアコンやフライヤーが古いままで、使えるのになぜ新しいモノに置き換えるのか、と言われてしまう」という障壁があった。この課題に対して、外食チェーンは最新の機材を揃えた直営店で電力を計測し、フランチャイズに対して買い換える理由を説明するのに使われている。

追い風続く「電力見える化」 製造業、自治体、そして海外へ

 エニマスが訴える「電力の見える化」への追い風は続く。2023年度は「省エネ大賞 省エネルギーセンター会長賞」を受賞。今年からは電力の見える化に対して、国が補正予算を割り当てる予定となっており、自然エネルギー庁と連携し、ITを用いた省エネ診断の見える化を推進し、補助金事業につなげる。「電力の見える化が省エネの第一歩であることを国も推進している」と二関氏は語る。

 国の施策のみならず、サプライチェーンという観点でも脱炭素の施策は必須となっている。たとえば、自動車産業において部品の製造を受託したメーカーは、今後製造した部品ごとの炭素消費量を計測する必要が出てくる。そんなときでも機械単位での電力が計測できるENIMASがあれば、部品ごとの炭素消費量を詳細に算出することが可能になる。電力コスト増大を背景にしたコストアップに関しても、委託元に対してデータをエビデンスにすることができる。計測したデータは製造業の武器となるのだ。

 自治体での取り組みもスタートしている。コバヤシ精密工業と補助金を巡ってゴタゴタのあった相模原市も、今は導入先だ。50台を超えるENIMASが市役所に取り付けられており、照明やエアコンの電力が見える化されている。今後はLED化でどれだけ電気代を下げられるかのエビデンスとしても期待されるという。

 今後、炭素排出量に応じた炭素税が導入されると、企業での脱炭素ニーズはますます高まる。「現在は見える化メインですが、今後はコンサルティング事業を本格化します。ここ2年間でかなりの蓄積ができています」(二関氏)とのこと。実際、相模原市、川崎市、南足柄市とともに電力の見える化事業(電気の見える化による省エネルギー化普及啓発事業)を進めており、この取り組みの中で電力削減のコンサルティングも提供している。

 そして、海外への展開もスタートさせている。通信にはSORACOMのグローバル対応SIMを用いており、国境を意識せずに利用できている。取材時に見せてくれたのは、インドネシア、台湾、フィリピンなどにあるENIMASのSIMのステータス。ENIMASに直接SIMを搭載させるのではなく、現地で購入したルーターにSIMを搭載して、現地の電波法に対応させている。「だから、SORACOMが重要な要素なんです。われわれはSIMを入れ替えるだけで済んでいます。SORACOMさんがいなければ、海外戦略もこけてしまいますよ(笑)」と二関氏は語る。

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