万博会場の中でもピカピカヌルヌルの外観で注目のパビリオン「null2」を体験! プロデューサー落合陽一氏に狙いを聞く
万博の各国ブースとともに話題になっているシグネチャーパビリオン
その人気パビリオン「null2」は落合陽一氏がプロデューサーを務める
大阪・夢洲で引き続き開催中の「EXPO 2025 大阪・関西万博」では、“いのち輝く未来社会のデザイン”をテーマに、各国のさまざまなパビリオンが話題になっています。
また万博では、各界で活躍する8人のプロデューサーが主導する「シグネチャーパビリオン」を起点にした「シグネチャープロジェクト」も展開中。そのシグネチャーパビリオンの中でも人気となっているのが、“いのちを磨く”をテーマに建築されたパビリオン「null2」(ヌルヌル)です。
メディアアーティストの落合陽一氏がプロデューサーを務めるnull2は、ピカピカヌルヌルの外観も相まって、予約が困難なレベルの注目度なんです。
今回、null2に協賛しているマウスコンピューターのご協力により、プロデューサーの落合氏へのインタビュー、およびnull2を体験できる機会が得られました。早速リポートしていきたいと思います!
落合陽一氏にパビリオンの特徴や込めた意図を聞いた
まずはプロデューサーの落合陽一氏へのインタビューから。パビリオンの特徴から技術的なこと。そしてヌルに至る未来のことまで、興味深いお話をいただきました。
デジタルとフィジカル、2つの鏡
――null2の特徴やコンセプトについて、お話をお聞かせください。
落合陽一氏(以下、同) 鏡の彫刻で作りたいというのがまずあったので、(パビリオンは)変形する鏡の彫刻で、そのために作った素材でできた、動く大きな彫刻になっています。そして中は“デジタルの鏡”と“フィジカルの鏡”が区別付かないくらい滑らかな、鏡と映像のキューブになっているというのが特徴です。
――鏡について、常々こだわりを持っていたのでしょうか。
以前から鏡の作品をよく作っていて、作品としては……大体私の作品は鏡でヌルヌルしているのですが、これ(「借景,波の物象化」の鏡面彫刻の写真を指し)を作っているころに、立体のパビリオンを作ろうというお話があり、こういうウネウネしたのでパビリオンを作ったという感じですね。
――null2というパビリオンの名前にはどのような意味がこめられていますか。
“空即是色、色即是空”の“空”の字が二乗されている感じなんです。
――空2=null2ということなんですね。
はい、そうです。
外壁はポテチ袋に似てる?!
――アスキーの読者層的に、パビリオンで用いられている技術的な面にも興味を持つ人が多いと思います。その観点から、今回パビリオンの制作や映像表現においてチャレンジしていることがあればぜひお聞かせください。
テクニカルなチャレンジはいっぱいしています。なかでも「ガウシアン・スプラッティング・アバター」(ガウス関数で表される3Dモデル)を動かしているものは、原著論文が書けそうなくらい面白いことをやっています。あとは(パビリオンの)外装膜も同様にテクニカルなことをやっていますね。この素材は市場に無いので、パビリオンのためだけに作った素材になります。
――外装膜の素材について、事前のイメージではわりと硬めの素材がたわんでいるのかなと思っていたのですが、実物を見ると細かく波打つなどしていて驚きました。これは布みたいな柔らかい素材なのですか?
ポテトチップスの袋をイメージしてもらうと良いと思います。あの袋の裏って銀色じゃないですか。あそこまで薄くはないんですけど、素材的には液晶パネルの基板層に用いられているフィルムに近い感じですね。
読者の皆さんもよく知っているPCが大活躍
――今回、アスキー読者にもなじみ深いマウスコンピューターの協賛でPC(クリエイター向けPC「DAIVシリーズ」ほか)が用いられていると聞いています。これらのPCはどういった活用をされていますか。
私が(パビリオンで)普段いじっているPCは全てマウスコンピューターさんのものになります。中のシアターのLEDに繋がっているのも全部マウスコンピューターさんのPCです。
※:同席のマウスコンピューター広報氏によると、映像出力やモノリス制御、イベント用、バックアップ用でDAIVブランドのPCが用いられているとのこと。そのほかにメール配信サーバーとしてmouseブランドのデスクトップPCやiiyamaディスプレーも運営業務用に活用されている。詳しいスペックなどはマウスコンピューターのプレスリリース(https://www.mouse-jp.co.jp/contents/other/company/news/2025/pdf/news_20250121_01.pdf)で。
――では、中で映し出される映像はすべてマウスコンピューターのPC(DAIVシリーズ)で出力されているということでしょうか。
はい、GPU演算させて出力しています。クラウド演算では間に合わないので、ローカルで処理しているのです。ただスペック的にはもう少し欲しい……とは思ってしまいます。パワーがあればあるほどという感じで。
――マウスコンピューターが協賛に至ったきっかけはどのようなものですか。
null2は協賛社が33社と他のパビリオンよりも多く、(null2で)使う機材を協賛いただいて(パビリオンを)作らせていただいています。それで「コンピューターだったら、マウスコンピューターさんかな」と。以前にも一緒にお仕事をした経験もありましたので。僕が使っているプログラムをWindowsで動かすときはマウスコンピューターさんのPCですね。
今回、プログラマーは僕を含めて4人で制作していて、僕が作ったコンテンツが約1/3という感じです。ただ僕はWindowsでコーディングはあまりしないので、Windowsでは「TouchDesigner」を使うことが多いですね。
予約なしでも入れるウォークスルーモードの追加で来場者大幅増
――では、話題をパビリオンの展示内容について移らさせていただきます。null2では3つの体験コース「ダイアログモード」「インスタレーションモード」「ウォークスルーモード」が提供されていますが、来場者はそれぞれどういった体験ができますか。
まず、ダイアログモードは前日や当日までに予約ができ、インスタレーションモードは当日枠のみしか予約がなく、ウォークスルーモードは予約なしで並んで入れるというものです。
8月1日から開始したウォークスルーモードは、大体45秒ほどでパビリオンの中を歩いて見るものなのですが、意外と人気があります。というのも、このパビリオンはどれだけ頑張っても、ダイアログとインスタレーションで合わせて入れる人数は1日2600人なんです。
ウォークスルーを始めてからはさらに1日1500~2000人ほどに見てもらえるようになりました。“見たくても見られなかった”という人を減らしたいのが目的です。
(ダイアログモードについて)このパビリオンは“記号”の話なんですね。たとえば、肩書だったり性別だったり。AIが出てくると「人間って記号の生き物だったよね」ってわかっちゃう。
人間っぽい反応をするAIが出たとき、「こういうしゃべり方をして」などの記号を追加すると(人間と)AIの話し方がほとんど一緒になる。そういったときに記号を手放す儀式をデジタルヒューマンと対話しながら進める、という対話のモードです。
(インスタレーションモードは)そういう記号が無い、いわゆる人工生命のプログラム。つまり、粒子だけがプログラムされていてそれが生命みたいに見えるというモードがインスタレーションモードです。
さまざまな技術が結集した「Mirrored Body」
――ダイアログモードでは自分の分身のようなかたちで「Mirrored Body」というものを使用します。これにはどのような技術が用いられていますか。
人間を再現しなければならないので、外見を撮る技術と、その外見を動かす技術、声をクローニングする技術、本人の趣味趣向をクローニングする技術で成り立っています。
外見はガウシアン・スプラッティング(編註:立体情報を面や線からではなく、直接レンダリングする手法)で、「Scaniverse」というアプリでスキャンするんですけど、スキャンしたガウシアンの状態で動かさないといけないので、そこはウチの研究室の近藤君という博士の子と一緒にガウシアン・スプラッティングを動かす技術を作っています。あと、アプリとして喋らせる部分はアクセンチュアのアプリチーム15人くらいで作っています。そうしてできたアプリに、(参加者の)みんなが自分の声や情報を対話しながら増やしていきます。
――やはりAIなども活用されているのでしょうか。
はい。LLMはモデルを高速に反応させないといけないので専用半導体の上で動かしています。来場者50人分のガウシアン・スプラッティングや音声データ、個人情報をプロローグの開始1分ちょっとで全部同期しなければならず、結構大変です。
会期が進むにつれて理解度も増してきた
――会期も折り返しを過ぎましたが、null2を体験した人からはどのような声が届いていますか。
最初のころは「意味わからん」と言っている人も多かったんですが、理解しようと思えばいくらでも理解できるように作ってあるので、最近は「感動した」「面白かった」と言ってくれる人の方が増えたかな。ただ、アプリを登録したりと事前にすることが多いんですよね。抽選倍率が上がったこともあって、せっかく(予約が)取れたんだから(事前準備も)しっかりしようと思ってくれるようになったのか、結構すんなりと受け入れられるようになりましたね。
昔、人間は草だったんだから、AIが当たり前の時代になっても大丈夫
――ダイアログモードで語られているような人間がヌルになった世界では、人間はどのような活動をして歴史を紡いでいくのか、想像ができそうでできない自分がいます。落合さんの考えるビジョンがあればぜひお聞かせください。
“人間”という言葉を積極的に使い始めたのは産業革命くらいからじゃないでしょうか。つまりメカニカルな、社会秩序的な話としての“人間”が出てくるのは。
聖書では人間は神様が創ったものとされていますが、日本の古事記では人は民草としていきなりそこにいることになってるんです。これって面白いですよね。だから人間がどこから来たかなんてないんです。西洋はわりと人間を神からの定義でちゃんと言ってくるけど、日本にとって人間は草ですから。生えてるか居たかとかなんです。
そう考えたら「人間観」というのは割と近代に構成されたものなので、(人類の)250万年の流れからすると大した時代じゃない。つまり人間が主体的に何かを作るということを繰り返してきた時期はわずか200年少々。その前までは神に祈って精霊に感謝して農作物を採っていた。
その状態と同じになる計算機と混濁した自然を「デジタルネイチャー」と我々は呼んでいて、そのデジタルネイチャーの恵みを受け取ってるだけに多分なっていくんじゃないかと。
――それはAIの判断を受け入れることを自然でなんとも思わないことが当たり前、といった感じになるのでしょうか。
自然にそうなります。今だったら、Gmailは右クリックから勝手に文面を打ってくれます(サブスク契約時)。で、送った相手もきっと勝手に文面書いて送ってくる。もう人間同士は会話してないですよね。
――つまり、すでに半歩踏み込んでいる状態ということですね。
全部踏み出すまで多分もう少し。でも、それはそんなにイヤなことじゃないんです。昔のことを考えれば。だって人間は昔は草だったんで、大丈夫です。
――最後に、これから万博に訪れる人や、null2を体験したいと思っている人にメッセージをお願いします。
外観を見るだけでも楽しいので、万博に来たら見にきていただければ。運が良く入れる人は、中で楽しんでいただければと思います。あと、null2で使っているアプリ「Mirrored Body」はここに来なくてもダウンロードできるので、遊んでみてください。
――ありがとうございました。




