どんな建設現場でも。そんな執念で生まれた専用治具
もう1つ作ったのは、現場にカメラを設置するための専用治具だ。自撮り棒のようなカメラ装着用の治具は強力な磁石を使って建設現場の天井デッキや鉄製建具、配管などに取り付けられる。しかも、先端が三枚の磁石パネルで構成されているので、平面の鉄板のみならず、ダクトのような曲面にも取り付けられる。「設置場所を現地で簡単に変えられないと、使ってもらえない。いろんなデッキで使えて、付け替えが簡単で、職人さんに嫌われないものを開発してほしいと樫本君にリクエストしました」と松﨑氏は語る。
とはいえ、作業が進んで内装が整ってくると、今度は治具を取り付けられる天井のデッキが覆い隠されてしまう。こんな現場のためにも扉枠や建設現場の単管パイプ、さらにはカラーコーンに取り付けられる治具が用意されている。しかもマグネットだけではなく、差し込むタイプまで用意。「どんな建設現場でも設置してもらう」。そんな執念を感じさせる。
あらゆる現場に対応できるカメラ装着用の治具。こんな治具は、現場を知らないと生まれない。その点、プロジェクトをマネジメントする松﨑氏も、開発担当の樫本氏も現場出身。「最後の現場仕事は2019年完成の新国立競技場。それまでずっと現場にいたので、現場の特性は熟知しています」と語る。
「市販されていないなら作るしかない」ということで作られたこれらユニークな治具。一部は特許出願も行なっているという。しかも、ニーズは建設現場だけではなかった。「建設現場だけかと思ったら、工場や小売店で利用できないかという問い合わせがメーカーに来ています」とのことで、外販の芽すら出ている。
500台のカメラでそもそも現場は便利になるのか?
建設現場にカメラを設置し、現場をリアルタイムに見る。そのための障壁を次々と超えてきた松﨑氏らのチーム。しかし、最後の壁として立ちはだかっていたのは、「500台のカメラを現場に設置して本当に便利になるのか」という「そもそも論」である。
大成建設の上層部から見ると、松﨑氏らの取り組みはある意味「受けがいい」という。「幹部に500台のカメラを現場に設置すると提案すると、ありがたいことに『そりゃ便利だろう。現場が全部見えるんだろ。どんどんやってくれ』と言ってくれます。でも、われわれが数百億円のプロジェクトの所長になって、『500台のカメラ使えます』と言われたら、はて、どう使うだろう?とその先を考えてしまうんです」と松﨑氏は語る。
確かに建設現場におけるカメラの効能は大きい。前述した通り、職人の出入りは記録に残るし、事故防止の抑止力としても利用できる。所長の立場からすれば、カメラがあれば現場が手に取るようにわかる。もちろん、AIで分析するためのデータとしても、今後カメラの映像は重要になるだろう。それでも「カメラで現場は便利になるのか」を問い続ける。現場を知らずにデジタル化を推し進める経営層やDX部門が多い中で、現場を知り尽くしているからこそ抱えてしまう悩みだ。
大成建設が見つけた道は「ひたすら現場に使ってもらい、改良を繰り返していく」ことだった。長らく現場ごとの独立採算制を採用している大成建設は、現場の支持が欠かせない。現在、本社側の松﨑氏たちが取り組んでいるのは、そんな現場に使ってもらうこと。「もしかしたら、現場で使ってもらったら、想定していなかった使い方が出てくるかもしれない」と松﨑氏は語る。多少負担がかかっても、業務や品質改善のためにテクノロジーを活用したいという有志を探し、育てていくのが今後の活動だという。
まだまだ未知数の建設現場のカメラ設置。しかし、大成建設のチャレンジに共に歩んでいるソラコムとしては「IoTならではのユニークなユースケース」と前向きだ。「大成建設様との意見交換でフェーズ毎の使い方が見えてきています。今後は現場の業務をいかに楽にできるか。『この作業はシステムでもっと効率化できる』という点をお客さまといっしょに切り出していけば、建設業界のニーズに応えられると思います」と高見氏は語る。
松﨑氏は、「昔、若いころに、世の中に出たばかりのCADを使って現場管理を…と取組んでいたら、暇なんだな…遊んでいるのか?と上司に言われました(笑)。でも、今やCADは当たり前の存在。BIMの時代です。CAD技術があったから、さいたまスーパーアリーナのような巨大かつ複雑な立体建築物の施工計画も任せてもらえました。今後は建設現場でもカメラ活用が当たり前になるはず」と語る。今後の“ハイパーカメラ”の未来は、まず建設現場から始まるのかもしれない。
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