第534回 SORACOM公式ブログ

ソラコム公式ブログ

内製化で実現したAGCの物流クライシス対応 位置情報とIoTがどこまでできたのか?

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 本記事はソラコムが提供する「SORACOM公式ブログ」に掲載された「内製化で実現したAGCの物流クライシス対応 位置情報とIoTがどこまでできたのか?」を再編集したものです。

本記事は、ASCII.jp(株式会社角川アスキー総合研究所)に掲載された記事より転載/再編集したものです。
元記事:https://ascii.jp/elem/000/004/252/4252549/ 文:大谷イビサ 編集:ASCII 撮影:曽根田元

 物流量の増加とドライバー不足に起因する「物流クライシス」。大手素材メーカーであるAGCは、この物流クライシスに荷主として真剣に向き合ってきた。その1つの施策であるトラックの位置情報を元にした到着時間の通達やドライバーの稼働状況の把握、誤納入防止システムなど、物流課題にフィットしたシステム作りを手がけてきたこの6年をソラコムのメンバーとともに聞いてみた。

社内でも半信半疑だった「物流クライシス」 

 1907年、岩崎彌之助の次男である岩崎俊彌氏が尼崎で創業した旭硝子は、2007年に創業100年を迎え、2018年には商号をグループブランド名だったAGCに変えている。現在はグループ全体の従業員は5万6700人を超える。ガラス、電子、化学品、ライフサイエンス、セラミックスといった幅広い事業を手がける日本を代表するメーカーの1つだ。

 AGC 調達・ロジスティクス部の澤村和廣氏は、今年の8月まで国内の化学品の物流改善を手がけてきた。AGCの場合は、事業部横断で調達・物流を手がける部門があり、本社が全体最適を指向した物流改善を企画。オペレーションと現場レベルの改善は工場のロジスティクスチームが行う体制になっている。

AGC 調達・ロジスティクス部 ロジスティクス管理室 グローバルロジスティクス企画グループ マネージャー 澤村和廣氏

 澤村氏たちが戦ってきた課題は、2018年頃から本格的にフォーカスされるようになった「物流クライシス」。物流量の増加とドライバー不足で運送会社がそもそもモノを運べなくなってきた事態を指す。「それまでは運べて当たり前で、効率的に運ぶ、安く運ぶことが重要だったのですが、きちんと運びきること自体が課題になってきました」(澤村氏)。

 物流クライシスの原因の1つはドライバーの過重労働だ。安い賃金で、長時間労働なので、ドライバーのなり手がいない。この課題の解決に行政も乗り出し、年間の時間外労働に最大960時間という規制をかけることになった。これが現在「物流業界の2024年問題」として知られているものだ。労働時間の短縮は望ましいが、これを実現するためにはドライバーの働き方改革や物流の最適化は避けて通れないわけだ(関連記事:意外と身近な「小さな物流」 課題解決や付加価値提供にIoTは活用できる)。

荷主としてできることは締め切り時間の前倒しと荷受けの時間指定の廃止

 2018年当時、物流クライシスに対して社内でも半信半疑な意見もあったが、運送会社の悲鳴が報道されるようになり、いよいよ課題解決は待ったなしとなった。澤村氏も数々のヒアリングとチーム内での議論の末、2019年からAGCは荷主として2つの施策に乗り出した。

 1つ目は受注の締め切り時間の1日前倒し。改善前のAGCは、積み込み日当日の正午まで受注を受付けていた。そこから配車計画を作るのだが、ドライバーが1日の仕事を終えて工場に帰ってきても計画が立て終わっていないことがしばしばあった。当然ながら、計画ができてから積み込みをスタートさせるため、積込待ちが発生して長時間労働につながっていたわけだ。これを解決するため、AGCでは受注締め切りの時間を1日前倒しにし、翌日の配車計画が早めに立てられるようにした。

 2つ目は荷受けの時間指定を極力なくすことだ。多くの業者は午前中に荷受けし、午後に出荷するというスケジュールになっている。そのため、複数の企業から時間指定を受けると午前中の注文が集中してしまい、時間指定がなければ1車で輸送できるオーダーに複数車両を用意しなければならなくなる。逆に時間指定がなくなれば、車両回転率を上げることが可能になるはず。「今後の物流を考えると、時間指定は基本的にはなくしていきたいという話になりました」(澤村氏)。

 「営業からは『なるべく受注を引っ張りたい』『お客さまの要望通り、時間指定を受けたい』という声がなかったわけではありません。しかし、受注条件を変更した結果、お客様からは逆に『さすがAGC』と評価いただけることもあり、無事に改善を実行することができました。物流クライシスは業界全体の課題です。だからこそ、お客さまも納得してくれたのだと思います」と澤村氏は振り返る。

到着時間を納品先に事前通知 位置情報はGPSマルチユニットを採用

 この時間指定の削減とセットで検討し始めたのが、AGC側が納品先に到着時間を事前に通知することだ。もともと液体製品の納品に関しては、現場の作業員に立ち会ってもらう必要があった。納品先からしてみれば、立ち会う作業員の準備のために、時間指定までした方がよい。ここでAGCが導入したのが、ナビッピドットコムの位置情報サービス「DP2」だ。

 ナビッピドットコムは、2002年9月にパイオニアから独立してできた位置情報サービスの会社で、カーナビやGPSの技術をベースにしたサービスを展開している。当時は、ちょうどケータイ(フィーチャーフォン)にGPSが搭載され始めた頃。同社は位置情報を元にした効率的な営業ルートの作成や日報の提出などをいち早く実現しており、ASPサービスとして提供してきた。ナビッピドットコム 堀本裕介氏は、「他社との違いは、クラウドサービスとして提供しつつ、お客さまごとにシステムをカスタマイズして提供できる点です」と語る。

ナビッピドットコム システム事業本部 営業部 部長代理 堀本裕介氏

 今回の事例では、配送車両にはGPSを搭載したソラコムのGPSマルチユニットを採用。必要な位置精度を担保できることと、調達・運用のコストを考慮し、ソラコムの端末を選択した。車両のシガーソケットから給電し、運転席の隣に設置されている。位置情報はリアルタイムにクラウドに送信され、DP2のポータルで可視化されるとともに、一定期間クラウドに保存される。

 今回導入したDP2では、AGCの依頼を受けて、納品先に近づくと、通知を送信するというジオフェンスの機能をカスタマイズしている。「『昼休みが終わってから受付に伺います』のように、お客さまが誤解しないよう、通知の文言を変えて送るように細かい制御を入れています。われわれとしてもこうしたカスタマイズは非常にありがたかった」(堀本氏)とのこと。

 具体的には出荷予定データを読み込み、納品先マスタに登録した納品先に対して、到着連絡メールを送信している。前日に送信するか、当日でもよいのかは、作業員のスケジュール管理をどこまで計画しているか、荷受け場に人が常駐できるかどうかで違うという。前日にも送付が必要な納品先に対しては前日に翌日の予定時間を手動で連絡する機能も追加することで、現在、事前通知対象は40社程度にまで拡がっている。

ドライバーに負担をかけずに、稼働状況を把握

 続いて取り組んだのはドライバーの働き方の把握だ。そもそも物流クライシスの大きな課題はドライバーの過重労働にある。受注締め切りの前倒し、荷受けの時間指定という課題は解決する過程で、GPSマルチユニットのデータを使えば、ドライバーの働き方まで分析できるのではと考えたのだ。「残業時間の削減に関しては明確な数値目標がありましたので、導入効果を見る過程で、稼働分析もできるようにしました」(澤村氏)

 AGCが用いているGPSマルチユニットは、配送車両のエンジンに連動して位置情報を送信する。そのため配送車両の位置はもちろんわかるし、位置情報の取得開始時間と終了時間の差を見ればトラックが一日どれくらい動いていたかも把握できる。「位置情報、車両番号、日付を基幹システムの出荷データと照らしあわせると、受注条件とドライバーの稼働状況を合わせてみることができ、稼働の問題点を詳細に把握できます」と澤村氏は語る。

トラックに搭載されたソラコムのGPSマルチユニット

 では、GPSの情報を用いたドライバーの稼働分析とはどういったものか? たとえば、AGCの工場にいる場合は「積み込み中」、納品先にいる場合は「荷下ろし中」、それ以外は「走行中」と仮定できる。このステータスを設定した上で、位置情報、車両・端末番号、日時、基幹システムの受注オーダーにある納品条件などを組み合わせる。これにより、ドライバーに入力の負担をかけずとも、配送や納品作業の実態を把握することができる。

 実際に調べてみると、早朝の納品に遅れないよう、客先に指定時間2時間前に着いているドライバーもいたという。この場合は、渋滞などの事態を想定し、締め切りを遵守する姿勢は重要だが、もう少し到着時間を最適化することもできるはず。また滞在時間が非常に長くなっている納入先も簡単に把握できるようになったという。「お客さまになにかお願いする際にもデータを元に話ができるので、改善に結びつきやすい」と澤村氏は語る。

 物流クライシスの課題はドライバーの過重稼働にあるのは事実だが、なぜ過重労働になるのかはデータで把握されているわけではない。ドライブレコーダーはあくまで運転記録のみ把握だし、労働の実態を記載する日報ではそうなった理由にまで踏み込むのが難しい。これに対して今回のAGCの取り組みは、GPSで測定した外形情報と基幹システムの業務データを掛け合わせて、今までブラックボックスだったドライバーのリアル業務を把握するというかなり野心的な取り組みと言える。

 基幹システムまで巻き込んだこの取り組みを実現したのは、澤村氏から見て発注先になるAGC社内の物流に特化した情報システムチームだ。「もともと物流部門として採用されている情シスで、物流を理解してくれているメンバーで構成されているので、本当に助かりました」とのこと。物流の課題を汲んだ企画から開発、運用まですべて内製化しているのは、AGCの大きな強みと言える。

既存の誤納入防止システムと統合 成長するシステムで物流課題にフィット

 この1年で取り組んで来たのは、既存システムの置き換えだ。ここでいう既存システムは「誤納入防止システム」を指す。

 今回対象としている塩酸や苛性ソーダといった液体商品の場合、納入先のタンクを誤ると大きな事故につながる。しかし、納品先となる工場には複数のタンクがあるため、受け入れ先にQRコードを貼っておき、指示書のQRコードと照らし合わせる。これがAGCの物流で用いられている誤納入防止システムだ。

 しかし、QRコードを付けさせてもらえない納品先もある。ここで出てきたのが、GPS端末で取得した位置情報だ。「正しいタンクにいるかまではわからないけど、正しいお客さまのところにいるかはわかります」とのことで、誤納入防止システムをナビッピドットコムのシステムに統合し、AGC側で再展開することにした。

 こうして6年間に渡ってこつこつ作り続けてきたAGCの物流最適化システム。最初は納品時刻の通知からスタートし、次にドライバーの稼働状況の把握、そして現在は他システムとの統合まで実現した。「最初考えていたときから比べると、かなりいろいろなことができるようになり、意味のあるシステムになったと思います」と澤村氏。課題の抽出と解決メソッド、一部システム開発まで内製化したことで、パッケージや物流スタートアップのシステムより、自社の業務に対するフィット感の高いシステムができているように思える。

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