デジタルテクノロジーが心の健康維持をサポートする
近年の様々な研究によって、私たちが日々健やかに生活するためには身体と心、両方の健康状態に気を配ることが大切であることがわかっています。世界保健機関(WHO)が2022年の春に公開した報告書によると、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響によるパンデミックが2020年から拡大した最初の1年間に、うつ病と不安障がいの有病率が世界で25%も増加したそうです。主な要因のひとつは、世界の各国・地域でロックダウンや外出自粛が行われたことによる「社会的孤立」であると考えられています。
アップルのチャン氏は、医療の現場や学界においてもまだ「心の健康」に関する研究が十分に進んでいない現状を指摘しています。
「例えば食生活を改善したり、よく眠ることが身体の健康につながることを今では多くの人々が知っています。一方、心の健康にはまだ未知の領域が多くあります。私たちにとても重要なことでありながら、まだ多くのことが解明されていません」
チャン氏は、私たちが自身の心と感情に向き合うことがメンタルヘルスを健康な状態に導くために重要であると説いています。
「何かの問題が発生した時だけではなく、日々のルーティンとして心の状態を把握する習慣を身に付けることが大切です。身体の健康を維持するために、毎日の体操や筋力トレーニングが大事であるのと同様です。私たちが心の状態を見つめる習慣を身に付けるために、デジタルテクノロジーが活用できるという発想から、アップルの長年に渡る研究が始まりました」
2020年に、アップルがカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)と共同で実施した「Digital Mental Health Study」の研究調査では、参加者の80パーセント以上が研究のために試作したアプリを使って気分を振り返ることで「感情の認識が深まった」と回答しました。さらに約半数が「より健康的になった」という回答を寄せたそうです。
「デジタルテクノロジーは私たちの心の状態を直接的に改善するものではないとしても、私たちを正しい方向へ導く手段に成り得ます。研究の成果が、iOS 17とwatchOS 10に搭載した『心の状態』の機能なのです」
記録する習慣が身に付くようにアップルが工夫したこと
「心の状態」にラベルを付けて記録する機能がどんな意味を持つのでしょうか。チャン氏に聞きました。
「ポジティブな感情、ネガティブな感情の両方を振り返る行為は、心のレジリエンス(回復力・適応力)の向上につながります。何十年も前から科学的に実証されてきた行為の効果が、直近の数年間にまた議論が活発化したことで周知のものになりました」
現実の心のバランスはいつもポジティブな状態に保てるとは限りません。誰でも必ず「浮き沈み」するものです。悪い状態にも向き合いながらセルフコントロールを心がける感覚が、引いては心のレジリエンスを養い、やがては心のウェルビーイング(良い状態)を保ちやすくするのだとチャン氏は語ります。
ユーザーが自身の心の状態を正しくラベリングできるように、iPhoneやApple Watchのアプリにはある工夫が盛り込まれています。
「アップルのデザイナーとエンジニアは『心の状態』を記録する際に、快適な気分だけでなく、不快な気分も抵抗なく記録できるユーザーインターフェースのデザインを意識してきました。特にビジュアルや色づかいについては長い時間をかけて練り上げています」
新しい習慣というものは、なかなか簡単に身に付くものではありません。心の状態を記録する行為を習慣化できるように、iOSとwatchOSの各アプリには「リマインダー」が設けられました。
またApple Watchは「心の状態」のコンプリケーションを切り分けて、アプリに素速くアクセスできるようにしました。watchOS 10から導入された「スマートスタック」の中にも、心の状態のほか「深呼吸」「リフレクト」の機能を含む「マインドフルネス」のアプリとつながるウィジェットを常設できます。