第一次産業を儲かる産業にしなければ、日本の食料問題は解決できない

スタートアップが描く食料問題 有機米デザインとARK、それぞれのアプローチ

大河原克行 編集●大谷イビサ

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 ソラコム主催のSORACOM Discoveryで行なわれた「課題先進国でスタートアップが描く食料問題の解決策」と題したセッションでは、アイガモロボにより、有機米生産の効率化や事業性を支援する有機米デザインの中村哲也取締役と、どこでも誰でも陸上養殖を可能にするプロダクトにより、食料問題の解決を目指すARKの竹之下航洋CEOが登壇。デジタルを活用した日本の食料自給率向上に向けた両社の取り組みが示された。

登壇した有機米デザインの中村哲也取締役、ARKの竹之下航洋CEO

自動抑草を行なうアイガモロボ 儲かる農業の一助に

 有機米デザインは、「有機米普及集約プラットフォーム」を構築している。自動抑草ロボのアイガモロボの開発および販売を通じて、除草作業の負担極小化を実現しているほか、栽培ノウハウの提供による有機米栽培の品質や収量の安定化に貢献。有機米の流通網の構築とマーケットの拡大にも取り組んでいるという。東京農工大学とは、有機米に関する共同研究を行なっているほか、自動抑草ロボットのバッテリーに関してはTDKとの共同開発を推進。ロボットの開発、販売では井関農機と業務提携している。

有機米デザインの「有機米普及集約プラットフォーム」

 有機米デザイン 取締役 中村哲也氏は、「東日本大震災の際に、有事のときにも食料を自給できるようにしたいと考え、有機稲作の手伝いを開始した。当時は、日産自動車でクルマの開発に従事しており、そのノウハウを使って、除草作業の解決してくれないと言われたのが、この取り組みを開始するきっかけになった。米を自主流通する全国稲作経営者会議から事業化を依頼され、東京農工大学の大学発ベンチャーとしてスタートした」と、創業までの経緯を説明する。

 アイガモロボは、水に浮かべて除草することができるもので、ソーラーで動作するため、化石燃料が不要であり、化学農薬や肥料などを使わず、人手をかけずに有機米を作ることを支援する。操作はスマホのアプリから行なうことができる。

 中村氏は、「スクリューの水流で土を巻き上げ、水を濁らせることで、太陽光を遮し、雑草が光合成しにくい圃場環境を作りだすほか、巻きあげた土が堆積し、やわらかい土の層であるとろとろ層を形成し、雑草種子が出芽しにくい深さにまで埋没させることができる。ハードウェアとソフトウェアを融合させ、農家が人手をかけなくても、儲かるシステムをつくる構成要要素のひとつになる」と位置づけた。

水に浮かべる抑草ロボ「アイガモロボ」

 自動収穫機などは技術的には実現できても、農家が収益を得る価格で導入できない課題を指摘。「自ら有機稲作を行った経験から、農家が儲かることを前提として、アイガモロボを開発をした」とする。

 アイガモロボは、2022年までに、34都府県100市町村で実証実験を行ない、その成果をもとに、2023年から販売を開始した。「アイガモロボを導入した農家の7割以上が効果を実感している。雑草の抑制効果だけでなく、ジャンボタニシの食害抑制、稲の生育の促進などの効果も出ている。東北大学との取り組みでは、アイガモロボにより、水田のメタンガス半減傾向を確認した。また、2022年7月に施行された『みどりの食料システム法』で示した2050年に目指す姿の実現に貢献できるだろう」と語った。

 先ごろ開催されたG7農相大臣会合でも、アイガモロボの展示、実演を行なっており、海外からの引き合いも増えているという。さらに、アイガモロボを小型化し、小学5年生によるプログラミングによって稼働させる実践授業を行なう例もある。

 中村氏は、「IoTをはじめとした日本が得意とする技術を活用して、地域の有機資源を循環させ、化学肥料や農薬に頼らない農法を定着させたい。農家の収益につながる技術を活用し、子供たちにも安心な給食の提供と、農業やIoTの魅力を伝えることができる。地域の米や酒を全国や世界に届け、生産者を元気にし、日本の活力を新しい形で取り戻したい」と語った。

「養殖の民主化」を掲げ、陸上養殖を実現するARK

 ARKは、閉鎖循環式陸上養殖システムの設計、開発、生産を行なっているスタートアップ企業で、研究開発に約2年半をかけ、2023年3月に、第1号の量産モデルとなる「ARK-V1」の販売を開始したところだ。

 ARK 代表取締役CEOの竹之下航洋氏は、「食料が足りないという課題に対して、持続可能な手法で解決することや、重油を使って食料を輸入するサプライチェーンの課題にも対応していきたいと考えている」とする一方、世界人口の増加によって、今後の課題とされるプロテインクライシス(タンパク質危機)についても指摘。「世界で食料の奪い合いが起きているなか、将来は動物性たんぱく質を賄うために、水産物が重要な役割を果たすことになる。その点からも養殖に注目が集まっている。だが、日本では養殖が増えていない。養殖が儲からない構造になっており、グローバルとは異なる課題があるためだ。また、海面養殖は特定の場所に特定の魚が生息する結果、バランスが崩れるといった問題が指摘され、限界にきている」などとした。

 その上で、「ソラコムが『IoTの民主化』を目指していることに倣って、『養殖の民主化』をミッションに掲げた。どこでも誰でも水産養殖ができ、あらゆる人が食料生産の担い手になれる世界を目指している」(竹之下氏)と述べた。

 ARKが開発した閉鎖循環式陸上養殖システム「ARK-V1」は、小型、分散型による陸上養殖を実現するものだ。車一台分の駐車スペースに設置が可能であり、水槽のほか、自動給餌機や水循環ポンプ、水温制御装置など、陸上養殖に必要な機能をオールインワン化している。ソラカメおよびSORACOM Airなどを活用し、水槽を常時モニタリングしており、異常が発生するとアラートを発信する。

閉鎖循環式陸上養殖システム「ARK-V1」

 JR東日本との協業により、福島県浪江町において、バナメイエビの養殖を開始し、新たな産業の育成を開始。香川県の水産加工会社であるFGROWでは、将来の安定した調達に向けてバナメイエビの陸上養殖を開始しているという。さらに、沖縄県の琉球大学との共同研究では、ヤイトハタをはじめとした沖縄に生息する様々な南方性魚介類の生育や搬送などの実験を行なっているという。

 竹之下氏は「ARKは、3人で創業した企業であり、前職のIT企業でも養殖システムの開発にも関わった経験がある。だが、ソフトウェアだけでは養殖業全体の採算性を改善することは難しいことがわかった。リーズナブルな装置が必要であり、モノづくりとソフトウェアを融合させないと課題を解決できない。そこで、モノづくりの会社を起業した」と語り、「目指しているのは儲かる水産業にすることである」と強調した。

ハードとソフトの融合で課題解決を提案する両社

 両社に共通しているのは、食料分野におけるIoTを活用した取り組みというだけでなく、ハードウェアとソフトウェアの融合によって課題を解決する提案を行っていること、そして、儲かる仕組みを追求していることだ。

 北欧などの海外では、就きたい仕事に第一次産業があがっており、ホワイトな職場であること、儲かる仕事であることで評価が高まっているという。だが、日本においては、農業や水産業は、価値がある仕事であるにも関わらず、収入が少ないのが現状であり、儲かる仕組みにはなっていない。働き手が減少しているのも実態だ。

 食を生産する人たちが誇りを持てる仕事にし、第一次産業を儲かる産業にしなければ、日本の食料問題は解決できないというのが、登壇した両社に共通した認識だ。そこに、IoTをはじめとしたデジタルがどう貢献できるかが、このセッションで示されたテーマだといえる。

 モデレータを務めたソラコム ビジネスエコシステムチーム統括の伊佐政隆氏は、「食料不足は世界的な問題になっており、日本では、海外に買い負けてしまい、おいしい魚が食卓で食べられなくなる時代が来るとの指摘もある」と述べ、食料危機の解決が早急の課題であることを示した。

ソラコム ビジネスエコシステムチーム統括の伊佐政隆氏

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