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小国から世界に挑むデジタル国家エストニア、生き残りを賭けた戦略第1回

エストニアが示す未来、「国境なき国家」を目指して

2017年08月10日 09時00分更新

文● 細谷元、岡徳之(Livit )

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 IoTプラットフォームを開発するスタートアップ企業、プラネットウェイの基幹技術である「avenue-cross」は、電子政府先進国として注目を集めるエストニアの国家インフラ技術をベースとしている。では、エストニアとは、いったいどんな国なのか。本連載では、デジタル先進国エストニアの“今”の姿を現地よりお伝えしていこう。

いま「Skype」が生まれた国に注目が集まるわけ

 みなさんが普段よく使っているであろう通話アプリ「Skype」。利用者は多いはずだが、Skypeがどこで誕生したかを知るひとは多くないだろう。

 月間アクティブユーザー数が3億人を超えるとも言われている Skype。その発祥は人口130万人ほどの小国、エストニアだ。

 バルト三国の最北に位置し、面積は九州ほど。一見地味なこの国がいま「デジタル国家」の先端事例として世界中の起業家、行政、投資家からの注目を集めている。エストニアが示すのは、国の未来であり、国に関わる経済・社会の未来であるからだ。

 本連載では、エストニアの現在位置を確認するとともに、過去を紐解き、どのようなビジョンで未来を切り開こうとしているのかを明らかにしてみたい。

 第1回となる今回は、エストニアの電子政府の最新事情を紹介したい。政府の電子化にいち早く取り組んできたことに加え、小国ゆえの小回りの効くスピード展開で電子化を進めてきた。日本人からすると「そんなところまでデジタル化しているのか」と驚かされることばかりだ。

独立後短期間で飛躍的に高まったエストニアのグローバルプレゼンス

 電子政府の現状を見てみる前に、エストニアがどのような国なのか概要を少しだけ紹介しておきたい。特にその歴史にエストニアがデジタル化を推し進める動機を垣間見ることができるので、ぜひ知っておいてほしい。

 エストニアは長い間、隣国ロシアの脅威にさらされてきた歴史を持っている。1721年北方戦争の結果ロシア領となり、1918年に独立を宣言するも、1940年にソ連に併合されてしまう。そしてベルリンの壁崩壊・ソビエト連邦解体が起こり、1991年にやっとのことで独立を回復した。

 独立当時エストニアの一人当たり国内総生産(GDP)は1000?2000ドルほどと貧しく、ハイパーインフレを経験するなど経済・社会情勢は非常に不安定なものだった。この困窮した事態を打開しようと、エストニアのリーダーたちはデジタルテクノロジーを国家成長戦略に活用できないか模索し始めたのだ(詳細は本連載第2回でお伝えする)。

 その後、エストニア経済は力強い成長を遂げ、2004年にEU加盟、2011年にユーロ導入を実現した。2016年の一人当たりGDPは1万7000ドルとバルト三国でもっとも高い。

 現在は安定的な経済成長に加え、政府主導のデジタル戦略、スタートアップ環境の整備が進み、優秀な起業家やエンジニアを誘致することに成功し、さらなる進化を遂げようとしている段階だ。

↑エストニアではスタートアップ関連イベントが頻繁に開催され、世界中から多くの起業家、投資家、政府関係者が集まる

 参考程度ではあるが、いくつかの世界ランキングを見てみることで、エストニアが世界からいまどのように見られているのか知ることができる。

 まず、米シンクタンク、ヘリテージ財団が発表している「世界経済自由度ランキング(2017年版)」では、エストニアは6位にランクインしている。このランキングは、ビジネス自由度、労働自由度、資本自由度、貿易自由度などの指数を総合したもので、主に起業家の視点から評価しているランキングといえるだろう。

 1位香港、2位シンガポール、3位ニュージーランド、4位スイス、5位オーストラリアとなっており、6位のエストニアへの期待を感じ取ることができる。

 世界銀行が発表している「ビジネスのしやすさランキング(2017年版)」ではエストニアは12位にランクインしている。このランキングは、起業する工数やビジネスに必要なインフラを準備する期間などをまとめランキング化したもの。ランキングが高いほど、起業しやすい環境となる。

 1位ニュージーランド、2位シンガポール、3位デンマークなどとなっている。エストニアは12位だが、13位フィンランド、15位オーストラリア、17位ドイツなど先進諸国より高い評価を受けている。

 このほかにも経済協力開発機構(OECD)が実施する学力テストで上位に入るなど独立後20数年とは思えない躍進ぶりをみせている。

閣議決定までデジタル化、エストニアの徹底した電子化取り組み

 このセクションでは、エストニアではどのような行政サービスが電子化されているか見てみたい。

 結論からいうとすでに99%の行政サービスが電子化されており、紙での手続きが必要なのは残り1%だけだ。その1%とは「結婚、離婚、不動産の売却」となる。このほかは電子IDと電子サインのみで手続きを完了することができる。

 エストニアでは選挙の投票までも電子化されている。「i-voting」と呼ばれる電子投票システムを使うことで、有権者はインターネット接続されているデバイスならどこからでも投票できるのだ。

 有権者がIDカードかモバイルIDで認証され投票することになるが、その投票データが選挙委員会に届くまでに匿名化される。このシステムの導入で、1回の選挙運営にあたり1万1000時間の節約に成功しているという。このシステムはエストニアが世界で初めて導入した。

 電子化は閣議の時間を節約することにも成功している。電子閣議システム「e-cabinet」を使うことで、閣議前に閣僚らは議題についての情報にアクセスし、その議題についてどのような立場に取るかを決めることが可能だ。

 もし、議題についての反対意見があれば、その旨をクリックして伝える。閣僚全員が異議なしであれば、その議題についての無駄な議論は避けられ、時間を節約することができる。このシステムが導入される前、週次の閣議は4~5時間かかっていたが、いまでは30~90分しか要しないという。

 このほかにも納税、移転、警察への通報などさまざまな手続きが電子化され、行政運営コストを大幅に削減することに成功。エストニアの行政運営コストはイギリスの0.3%、フィンランドの3%ほどと脅威的な削減率を実現している。

国民の概念を変える電子居住者システム「e-residency」

 エストニア政府は行政サービスのデジタル化とともに、起業家・外資誘致にも力を入れている。その一環で実施され注目されているのが電子居住者システム「e-residency」だ。

 これは「国境のない国を目指す」エストニア政府が2014年に始めたプロジェクト。申請者にスマートカードを発行し、このカードを持つものはエストニアにいなくとも、エストニア内の電子サービスを利用することができる。

↑電子居住者システム「e-residency」で発行されるカード(サンプル)。

 これにより、エストニアで会社設立や銀行法人口座開設が可能となる。固定された場所にとどまらずさまざまな場所を飛び回る起業家やソフトウェアエンジニアなどに重宝されているという。

 現在までに約2万人が電子居住者として認定を受けている。国別で電子居住者がもっとも多いのはフィンランドで約3000人、次いでロシア、ウクライナ、米国、英国、ドイツ、イタリアなどとなっている。日本からも422人が電子居住者として認定されている。

 エストニアでの法人設立費用は190ユーロ、法人・個人にかかる税率は一律20%と他国に比べ非常に魅力的だが、これに電子居住者制度が加わり起業家誘致が加速しているようだ。実際、この制度を通じてこれまでに1400社以上が新規設立されていることからも、誘致効果を伺い知ることができる。

 いかがだっただろうか。1991年に独立したエストニアが電子化戦略を通じて、わずか20数年で国際社会おけるプレゼンスを飛躍的に高めてきたことがお分かりいただけたかと思う。しかし、今回紹介したのはほんのエストニアの一部分にしかすぎない。

 第2回は、エストニアの電子化戦略の根幹にある理念についてお伝えしたい。現状がなぜこうなっているのか、そしてエストニアが電子化を通じて何を目指しているのか、それらを知るヒントになるはずだ。

企画・構成・取材・文・撮影:細谷元、岡徳之(Livit )

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