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「avenue jam」特別対談 第11回

対談・Planetway平尾憲映CEO×NATOサイバーテロ防衛機関シニアフェロー ヤーン・プリッサル 第3回

人工知能、ブロックチェーン、安全なデータ社会における先端テクノロジーの役割

2017年12月21日 07時00分更新

文● 細谷元(Livit ) ●編集 村野晃一

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 世界最先端の電子国家と呼ばれるエストニア。同国のサイバー防衛の中心的役割を担ってきたヤーン・プリッサル氏とプラネットウェイ代表の平尾憲映氏によるサイバーセキュリティー対談(全3回)。第1回はサイバー防衛システム構築で最も重要なこと、続く第2回は日本のサイバー防衛強化へのヒントが示された。

 最終回となる第3回は、サイバーセキュリティー分野における先端テクノロジーの活用について議論される。この分野において特に人工知能とブロックチェーンへの期待が高まっている。これらのテクノロジーをどう捉え、どのように活用すべきなのか。エストニアのようなデータ社会を実現するための重要な示唆となるはずだ。

Speaker:
プラネットウェイ 代表取締役CEO
平尾憲映

1983年生まれ。エンタメ、半導体、IoT分野で3度の起業と1度の会社清算を経験する。学生時代、米国にて宇宙工学、有機化学、マーケティングと多岐にわたる領域を学び、学生ベンチャーとしてハリウッド映画および家庭用ゲーム機向けコンテンツ制作会社の創業に従事。在学時に共同執筆したマーケィングペーパーを国際学会で発表。会社員時代には情報通信、ハードウェアなどの業界で数々の事業開発やデータ解析事業などに従事。

プラネットウェイ アドバイザリーボードメンバー
ヤーン・プリッサル

サイバー犯罪者や高度なサイバー攻撃に対応してきた15年以上の実務経験から、重要インフラや情報資産の防衛の分野の世界的権威。また、同氏は、エストニア共和国のサイバー ディフェンスユニットの副司令官。以前は、エストニア最大の銀行でITリスクマネージメントのリーダーを務め、2007年にエストニ アに向けて実行されたサイバー攻撃への対応において、重要な役割を果たした。また、新興テクノロジー企業数社でCTO(最高技術責任者)およびエンジニアを歴任。タリン工科大学とフランスの トゥールーズにあるポール・サバティエ大学で修士号を取得、公認 情報システム監査人(CISA)の資格を所持。2014年にはエストニア共和国大統領からホワイトスター勲章を受章。現在Priisalu氏は、「NATO Cooperative Cyber Defense Centre of Excellence」で、技術演習を企画した先導者のひとり。彼は自身のエージェンシーからボランティアやセキュリティエクスパートの集結を支援し、数年来ホワイトチームを指揮。

「プライバシーとは何か?」データ社会構築に向けた重要な問い

平尾  エストニアでは電子政府システムを通じて国民がデータから恩恵を受ける社会の仕組みができています。一方、日本ではまだまだ個人データ利用についてネガティブな考えを持ってる人が多く、データを公開したり、シェアしたりしたがらない状況です。悪用やトラッキングを恐れている人が圧倒的に多いのです。

 日本がエストニアのようなデータ社会になっていくには、どういうところから議論を始めていくのがよいのでしょうか。

プリッサル  個人がデータをコントロールできる適切なエコシステムを構築することが必要です。

 データ共有することで、データの守秘性が損なわれるという議論がありますが、これは問題の本質を隠してしまいます。問題の本質は、データの悪用にあるからです。

 データを悪用しようとする者たちは、ユーザーの間接的なネットワークからデータを改ざんしたり漏洩させたりします。なので、こうしたことを防ぐ手立てが必要なのです。

平尾  なるほど。日本では個人データに関して、プライバシーをどう守るのかということに焦点が当てられがちです。実際、個人データを持つ多くの企業は、データ漏えいを恐れ、多大な資金を使って、個人データやプライバシーを守ろうとしています。

プリッサル  「プライバシーとは何か」というところから議論しないとだめでしょう。

 多くの人は、プライバシーとは守秘性(confidentiality)のことと考えています。しかし、プライバシーには、守秘性のほかにも要素があるのです。

 私にとって個人データのプライバシーとは、個人データそのものが保護されることに加え、データの整合性(integrity)、守秘性(confidentiality)、入手可能性(availability)が守られることなのです。

 これらすべてを守らないといけない。

エストニアのデータリテラシーが高い理由

平尾  なるほど。日本人のなかで、データのプライバシーに関してここまで踏み込んで考えている人は少ないと思います。全体的にセキュリティーやデータの扱いに関して、リテラシーが低いのです。これはやはり教育や専門領域に特化した人材育成プログラムの問題になってくるのでしょうか。または、2007年のサイバー攻撃のような出来事がリテラシーを高めることになるのでしょうか。

プリッサル  エストニアのデータリテラシーを高めた要因は大きく2つあるといえます。

 1つは周辺国の影響です。特に北欧諸国の文化、データ利用、社会における個人の責任、個人への社会の責任に関する考え方に影響を受けているのです。北欧では、日本のマイナンバーのような制度を長い間運用してきた歴史があります。

 もう1つは、エストニアの人手不足による自動化への必然的なシフトです。人手不足という社会的問題に直面し、エストニアでは北欧スタイルのデータ活用をさらに拡大していこうという流れになったのです。政府の官僚も足りていない。だから電子政府システムを早急に立ち上げる必要があったのです。また、定型業務をコンピューターやロボットで代替し、作業効率改善・コスト削減を進めようという機運も高まりました。これは当然の流れだと思います。

 人手不足という問題は、エストニアだけでなく、デンマーク、ベルギー、ドイツ、ポルトガル、オーストリアなど人口規模が小さい国でも深刻になっています。

平尾  人手不足に関しては、日本でも深刻な問題になっています。

 高齢化だけでなく、結婚しない人も増え、子どもが増えない状況になっているからです。このままいくと25年後には、現在の人口の60%まで減ってしまうという試算もあるほどです。

 小さな国の問題は、いずれ大きな国でも同様のことが起こる。僕のミッションの1つに、小さい国で得たノウハウをローカライズ/カスタマイズしながらトランスナショナル(国境を越えて多数の国で利活用される)に大きな国に適用していくことがあります。データ活用などに関して、日本を事例としてさまざまな施策を打っていくのがよいとも思っています。

プリッサル  欧州と同じくアジア諸国でも少子高齢化問題が深刻化しています。日本を事例にするのは、よいアイデアだと思います。日本は高齢化が進んでいる一方で、歳を重ねて高いスキル・知識を持った人材が多くいるのも事実。その人材の活用方法で何か示せるかもしれません。

 特に少子高齢化の問題では、ロボットや自動化というのが重要なソリューションとなるので、この点で日本発の事例を示していけるでしょう。

 欧州では少子高齢化に伴い医者不足という問題も起こっているのですが、この問題に対して2つの施策を導入したのです。

 1つは、市場開放です。もともと欧州域内では国境を超えて医療サービスを提供できなかったのですが、ルールを変えて提供できるようにしたのです。

 そしてもう1つが、コンピューターによる医者の役割・機能拡大だったのです。

 私が所属する大学の研究室の同じフロアに日本人と一緒に医療ロボットを開発する研究者がいます。この研究では、トップレベルの神経外科医の生産性を5倍以上高めることに成功したと聞きました。ロボットを活用することで、移動の必要性がなくなっただけでなく、手術の準備や着衣などの時間を節約できるようになったからです。

ロボット導入・自動化の流れで重要度高まるデータセキュリティー

平尾  生産性が5倍以上というのはすごいですね。

 やはりロボット活用や自動化は必須になってくる。今後は、ロボティクス・AI・IoTが普及してきた際に、データ管理が非常に重要になると思います。

プリッサル  データ管理やデータセキュリティーを考えるとき、2つのテクノロジーが重要な役割を果たします。1つは、ビッグデータの処理を可能にする機械学習です。もう1つはスケーラブルな整合性をもたらしてくれるブロックチェーンです。

平尾  ブロックチェーンに関しては、多くの人々が議論していますが「なぜブロックチェーンなのか?」「ブロックチェーンはそもそも何をするテクノロジーなのか」という議論はあまり聞きません。

プリッサル  そうですね。ブロックチェーンがなぜ重要なのかというと、データプロセシングとセキュリティーの観点から必要になってくるからです。

 事例の1つとして、整合性をスケールできるブロックチェーンを使えば、APT(Advanced Persistent Threat)への対応力を高められることが挙げられます。

 APTは常に整合性を攻撃します。攻撃対象のネットワークに持続的に居座るためにはネットワークデバイスのコンフィグレーションを破壊する必要があり、このときデバイスのコンフィグレーションの整合性に対して攻撃が行われるのです。

平尾  なるほど。プラネットウェイでもブロックチェーンを一部で使っていますが、今後はブロックチェーンが様々なコア技術の中のスタンダードの一部になってくるということでしょうか。

プリッサル  そうです。でも、それほど難しいことではないでしょう。

 ビットコインなどにも見られるように、応用の幅は広い。ビットコインの意義は、通貨としてどうのというものではなく、ブロックチェーンという非常に重要なテクノロジーを世の中に知らしめたことなのです。

平尾  ブロックチェーンはデータに守秘性を与えるものではないといえますが、この点についてはどうお考えでしょうか。

プリッサル  そのとおり、守秘性を与えるものではありません。しかし、ブロックチェーンを使えば、ハッシュだけ利用できるのでデータそのものを保存する必要はなくなります。データのすべてを公開する必要はないので、そういう意味では守秘性があるといえるかもしれません。

 ブロックチェーンは、守秘性を与えるものではないものの、守秘性を抑制するものでもないので、守秘性に関してはニュートラルともいえるでしょう。

平尾  エストニアの電子政府システムの根幹「X-Road」にはすでにブロックチェーンが活用されていますよね?

プリッサル  そうですね。「X-Road」ではすでにブロックチェーンを活用しています。以前は、データのプルーフを中央当局に依存していましたが、ブロックチェーン導入後は中央当局から独立して行えるようになりました。

 ブロックチェーンというテクノロジーは、それ自体を下層レイヤーとして、上部レイヤーにさまざまなアプリケーションを構築することができます。その真価はこれから発揮されていくことになるでしょう。平尾さん自身、そしてプラネットウェイの事業も、ブロックチェーンから大いに恩恵を受けることができるでしょう。

平尾  はい。プラネットウェイもavailabilityとしてのavenue-cross(情報連携基盤)confidentialityとしてのID認証技術、integrityとしてのブロックチェーンを最適なバランスで提供し、それらのインフラ上で、データに付加価値を持たせる機械学習(当社開発予定のElixir)などの多様な技術群を組合せ活用し、エンドユーザーがデータ共有のポジティブな側面を体験できるように尽力していきます。

 「資本主義をどう超えていくのか」というのが僕の人生の大きなテーマですが、ブロックチェーンや人工知能などのテクノロジーがそれを可能にする重要な要素であるということを今回の対談を通じて再確認できました。エストニアのようにデータをフル活用できる社会になれば、日本も大きく変わるはずです。

構成・文:細谷元( Livit

(提供:プラネットウェイ)

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