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小国から世界に挑むデジタル国家エストニア、生き残りを賭けた戦略 第4回

電子国家エストニアを支えるテクノロジー企業 電子ID・署名 編

2017年11月09日 09時00分更新

文● 細谷元、岡徳之(Livit )

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 「世界最先端のデジタル国家」エストニアを支えるのはさまざまなテクノロジー企業だ。第3回では、エストニア電子化の根幹となるデータ連携プラットフォーム「X-road」に関わる企業Cybernetica、そしてセキュリティ強化に向けたブロックチェーン技術を提供する企業Guardtimeを紹介した。第4回となる今回は、電子ID・署名や電子居住に関わるテクノロジー企業を紹介したい。

デジタル署名プラットフォームを支える「SignWise」

 行政サービスを受けるとき、またはビジネスを行うとき、書類の署名や送付がわずらわしいと感じる人は少なくないだろう。インターネットがここまで普及した現在でも、まだ紙の書類を使用する政府・企業は多い。

 一方エストニアは世界最先端の電子国家と呼ばれるだけあり「デジタル署名」は日常に溶け込んでいる。そんなエストニアのデジタル署名を裏で支える主要企業の1つが「SignWise」だ。

 SignWiseは、2012年に設立されたエストニア発のスタートアップ。欧州初のクロスボーダー電子署名・認証サービスとして、エストニアだけでなく、ラトビア、リトアニア、フィンランド、スイス、ベルギー、アゼルバイジャン、ポルトガルで利用されている。SignWiseが提供するポータルサイトでデジタル署名が可能だ。

 SignWiseポータルへの登録はIDカードまたはモバイルIDが必要となる。エストニア国内で利用する場合の利用料は、1カ月10署名までなら無料。プレミアムプランなら1カ月24.15ユーロで3ユーザー・100署名、VIPプランなら124.8ユーロで30ユーザー・500署名まで可能。

 ポータル内でのデジタル署名はいたって簡単。署名したいPDFをアップロードし、そこにデジタル署名を貼り付け、IDに付与されているPINコードを入力するだけ。行政サービスやビジネスの時間・コスト削減にどれほど大きなインパクトを出すのか想像に難くない。

SignWiseポータルサイト

 デジタル署名は、エストニア政府が2014年に開始した電子居住制度「e-residency」にとっても必要不可欠な要素だ。

 人口130万人のエストニアは、2025年までに電子居住者を1000万人まで増やしたい計画。電子居住制度を進めるねらいの1つは、海外のビジネスを国内に誘致すること。この電子居住制度を活用すれば、エストニア国外にいる外国人がエストニアで起業することができる。企業登録から銀行口座開設まで、すべてオンラインで済ませることができるが、その際にデジタル署名が必要となる。

 海外からのエストニア電子居住者需要は高く、SignWiseポータルは今後も順調にユーザー数を伸ばしていくことになるだろう。

デジタルID普及の要「SK ID Solutions」

 デジタル署名と並び重要なテクノロジーが「デジタルID」だ。エストニアでは国民全員に電子証明ICチップが組み込まれたデジタルIDカードが発行されており、行政サービスを利用する際などに利用されている。またこのIDカードは、EU国内を旅行する際のパスポートや健康保険証としても機能する優れもの。

 デジタルID分野の主要企業の1つが、「SK ID Solutions(SK)」だ。SKは、2000年にエストニアで採択された電子署名法に基づき2001年に設立された企業で、IDカードシステムの普及・構築を通じてエストニア電子化の要を担ってきた。SKによるIDカード発行は2002年初めに開始され、IDカード発行数は約3カ月で1万枚に、同年末までに10万枚に達した。その後IDカード発行スピードは緩むことなく2006年末には100万枚に達している。

エストニア国民に発行されるIDカード(エストニアIDポータルサイトより)

 SKはIDカードのほかに、モバイルIDやスマートID、電子居住者向けIDなど、多様なデジタルIDソリューションを提供している。

 モバイルIDは、IDカードと同様に機能するソリューションで、プライベートキーが含まれた特別なSIMカードを組み込むことで利用することが可能となる。2007年ごろにはこのモバイルIDソリューションのアイデアは固まっており、それ以降開発が行われてきた。

 この数年間のスマートフォン利用の増加とともにモバイルIDの利用者は急増している。エストニア国内のモバイルID利用者は2015年に前年比40%増の7万5000人、トランザクション数も前年比42%増となった。2016年も増加傾向が続きモバイルID発行数は前年比50%増となった。エストニア選挙の投票の際にもモバイルIDを利用することが可能で、投票での利用者は全体の12%と10人に1人以上が利用していることになる。

 SKの最新の取り組みは「スマートID」だ。このスマートIDは、特別なSIMカードなしで利用できるモバイルIDソリューションと位置づけられる。エストニア国内だけでなく、海外市場を念頭に置いたデジタルIDソリューション。エストニア国内のスマートID利用者は現時点で約6万人、ラトビア、リトアニアを含めると30万人以上になるという。

 デジタルID分野ではSKのように古くからエストニアの電子化を担ってきた企業だけでなく、スタートアップの参入も活発だ。

 2015年に設立されたVeriffは、顔認識技術を活用した認証サービスを提供するスタートアップ。パスポートなどのID写真とウェブやスマホで撮影した写真をアルゴリズムで比較し、本人認証するサービスを提供している。地元金融会社だけでなくUberなども興味を示す注目の企業。このほかにも世界最小のカードリーダーを提供する「+ID」などエストニアのデジタルID分野から世界市場を目指すスタートアップは多い。

「+ID」の世界最小カードリーダー(「+ID」ウェブサイトより)

 第3回、第4回とエストニアの電子化を担う主要企業を紹介してきたが、これらの企業はほんの一部。国内企業、海外企業含め、多くのプレーヤーがエストニアのデジタル化に携わっている。

 最近では世界初となる国家による仮想通貨発行の可能性を明らかにするなど、デジタル化の勢いは衰えそうにない。この勢いでさまざまな取り組みを進めるエストニア。その中でどのような企業が中心になっているのか注目してみるのもよいだろう。

企画・構成・文:細谷元(Livit

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