電子ブックで鎖国する日本
さらに問題なのは日本だ。かつてソニーは日本でも電子ブックリーダーを発売していたが、アイテムが増えなかったため撤退した。今回もGoogle Booksをめぐる和解で、事実上英米圏の本以外は除外されることになったため、日本での発売はきわめて困難になった。Kindleも日本では端末は売っているが、日本語の本は購入できない。その原因は権利者団体が異常にうるさいことと、流通機構が古いことだ。
日本の本は再販制度という価格カルテルが例外的に認められているため価格の設定権が小売店にない。このためKindleのように、アマゾンが電子版を紙の半分以下の価格で売ることはできないのだ。こうした古い流通機構は、本という在庫リスクの大きな商品を小さな小売店が扱うためには、それなりに役立った面もある。小売店に代わって取次が商品を選んで返品自由の委託販売とし、取次がリスクを負担する代わり大きな利益を取ったのだ。
しかし電子ブックには在庫リスクなんてないのだから、こんな不合理なシステムを守る必要はない。それなのに彼らはアマゾンの参入を求めようとしない。ここで販売力の大きいアマゾンの参入を認めると、それをきっかけにして日本の書籍流通機構が崩壊することを恐れているのだ。そうこうしているうちに、世界の本の主流は電子ブックになるだろう。2009年は全世界で520万台だった端末は、2013年には2200万台になると予想されている。
このままでは、日本は置き去りだ。要素技術はすぐれたものを持ちながら企業に戦略がなく、既得権を守ろうとしているうちにプラットフォームを海外のメーカーに取られてしまう失敗は、音楽配信のときも経験したが、彼らは懲りていないようだ。そのときついた差が、今度の電子ブックでさらに大きくなるだろう。このままでは日本の家電メーカーは、アマゾンやアップルの下請けとして生き延びるしかない。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に、「希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学」(ダイヤモンド社)、「なぜ世界は不況に陥ったのか」(池尾和人氏との共著、日経BP社)、「ハイエク 知識社会の自由主義」(PHP新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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