iPad専用のアプリケーション、特にゲームが登場すると、この特性はさらにプラスに働く。現在のiPhone用ゲームでは、旧来型の「方向キー+ボタン」操作のゲームが作りにくい。メイン画面のほとんどを操作系が覆ってしまうことになるからだ。しかし、iPad専用ならばサイズの余裕を生かし、画面の端に「操作用の領域」を用意することで、この問題を解決できる。「キーパッドがあるからゲームはPSPやDSの方が上」という発想は、これにより変化していく可能性もある。
とはいえ、筆者が感じるもうひとつのイライラである「基本的にシングルタスク・シングルウィンドウ志向」という特質は、iPadでも変化はない。フォアグラウンドにあるアプリしか「動作対象」でないため、例えば「裏で動き続け、ナビしながらユーザーをどこかへ誘導するソフト」なんていうものは作りづらい。
だが、こと操作性だけに注目するならば、シングルタスク・シングルウィンドウ志向という発想は悪いものではない。パソコンに不慣れな人にとっては「マルチウインドウ」は混乱の元だし、マルチタスクの利点も理解しづらい。また、大きく解像度の高い画面を占有するということは、アプリケーションの表示をリッチにしやすい、ということでもある。iPadの「カレンダー」表示は、iPhoneのそれやMacOS X用の「iCal」よりもあきらかに見やすく、美しくなっているし、iPad用iTunesも同様に、操作性が大幅に向上している。
だから、「パソコンの流儀を気にしない」人や、「パソコン的操作性の良さよりも、楽に使えることを重視する」人は、ネットブックよりもiPadの方が好ましい、と感じる可能性が高い。
iPadのおかげで「パソコンの通信費」も下がるか?
そしてもうひとつ、モバイルユーザーに大きな影響がある点も指摘しておきたい。iPadは無線LANのみを内蔵するバージョンのほか、3G通信モジュールを内蔵するバージョンも用意される。この原稿を執筆している2月中旬の段階では、無線LAN版が3月末、3G内蔵版が4月に発売される、とだけ公開されているが、日本での通信プランや価格は未公開だ。
重要なのは、iPadの会見において、スティーブ・ジョブズ氏は「iPadは世界中でSIMロックがなく、コントラクト(携帯電話事業者との契約による縛り)がない」と明言したことにある。
アメリカの場合、iPadで利用されるのはAT&T社が提供する「プリペイド型のデータ通信用SIM」(正確には小型のmicroSIM)である。AT&Tへの支払いやSIMカードのアクティベーションは、オンラインでiPadを経由して行なう。支払いはクレジットカードを使うのだろう。実際には「1ヵ月に250MBまでの通信ができて14.49ドル」のプランと、「29.99ドル支払う代わりに通信量は無制限」のプランがある、ということになる。
日本でどのキャリアがデータ通信を提供するのか、プリペイドのプランがどうなるのかはわからない。だが、ジョブズ氏の「SIMロックなし、コントラクトなし」という公約を守るとすれば、日本でも「それなりにリーズナブルな価格で使える、プリペイドSIM式のデータ通信サービス」を、どこかのキャリアがスタートする必要がある。
それをどの事業者がやるにしろ、日本のモバイル通信ビジネスには大きな影響を与えるのは間違いない。「日本の通信料金はアメリカの数倍」というわけにはいかないだろう。とすれば、今のデータ通信プランより「安価で気軽に使えるプラン」が登場することになる。
そしてそんなプランが登場したとなると、そのプランを「iPad専用」にとどめておくのは無理がある。当初はiPad専用かも知れないが、スマートフォンにおいて「iPhone向け料金プラン」が広がり、全体の「パケット通信料」が下がったような影響が、データ通信プランの世界にも現れる可能性が高い。
とすれば、3Gモデム内蔵ノートの価値はもっと高まるし、WiMAXやPHS、イー・モバイルのデータプランも、今の価格のままでいられるかはわからない。理想どおりに展開すれば、日本のモバイル通信のコストはiPad登場から1年以内に、「多少なりとも安くなる」だろう。
そう考えると、iPadに興味がない人やiPadを買うつもりがない人でも、「iPadが日本でどの方向に向かうのか」を注目しておいて損はない。冒頭で筆者が述べたのは、そういったことも含めての話。やっぱりいろんな意味で、しばらくは「iPadには注目しておくべき」なのである。
筆者紹介─西田 宗千佳
1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、アエラ、週刊東洋経済、月刊宝島、PCfan、YOMIURI PC、AVWatch、マイコミジャーナルなどに寄稿するほか、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)、「クラウド・コンピューティング ウェブ2.0の先にくるもの」「クラウド・コンピューティング仕事術」(朝日新聞出版)。
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