このページの本文へ

前へ 1 2 次へ

【所長コラム】「0(ゼロ)グラム」へようこそ

KindleとiPadと無料経済

2010年02月15日 06時00分更新

文● 遠藤諭/アスキー総合研究所

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
Bestsellers in Kindle Store

米Amazon.comの「Bestsellers in Kindle Store」を見ると、ずらりと「$0.00」の本が並ぶ。個別ページをクリックすると、日本からは「$2.00 & includes international wireless delivery 」と表示される

 2010年1月27日、アップルが「iPad」というタブレット型端末を発表した。同社はこれで、音楽プレーヤーのiPodで成功を収めたビジネスモデルを、電子書籍においても展開したい考えのようだ。電子書籍端末といえば、アマゾンの「Kindle」に加えて、米大手書店バーンズ・アンド・ノーブルの「nook」やソニーの「Sony Reader」もすでにある。

 2009年10月に日本で買えるようになったときに、わたしもKindleを入手した。英語の本を買ってみたり、青空文庫をPDF化したものを入れて読んでみたりしていた。電子ペーパーを使った画面の見やすさ、本体重量の軽さや電池寿命の長さ、音声読み上げや辞書機能の便利さをよく理解したつもりでいた。

 ところが、Kindleストアにアクセスしていて気づいたことがあった。ベストセラーのリスト(Kindle Top Sellers)を見ていると、価格が“$2.00”(2ドル=約180円)と表示された本がやけに多いのだ。これを書いている2010年2月9日午後の段階で、ベスト10のうち7冊が“$2.00”なのである(ベスト100では26冊)。

 「なぜ$2.00?」となったのだが、次の瞬間に気がついた。日本から米アマゾンのKindle向けの電子書籍を買う場合、通信費用として$2.00が余計にかかる。$2.00と書かれている本は、米国では“$0.00”、つまり、無料(フリー)で販売されているに違いなかった。

 こんなことが話題になっていないはずはないと思って調べてみるとやはりあった。『ニューヨークタイムズ』が1月22日にWith Kindle, the Best Sellers Don't Neet to Sellという記事を掲載しているのである。記事は冒頭、次のような2行から始まっている。

問題:Kindleであなたの本をベストセラーにするには?
答え:無料にする

 記事によると、これはいまや紛れもない真実で、Kindleのベストセラーリストの半分以上が、無料(no charge)となっているとある。いくつかの出版社は、Kindleだけでなく、nookなどのほかの電子書籍端末、さらには作者のサイトでも無料で本を提供しているという。いま、米国では無料本が熱いらしいのだ。

Kindleの画面

Kindleで見た、Kindle Storeのリスト。無料本に積極的な出版社として、Random HouseやHarlequin、Scholasticなどの名前が挙げられている。

 出版社が自ら本を無料にする理由は、プロモーションのためである。試し読みのために、気前よく1冊提供しているのだ。記事によると、出版社の狙いは、古い著作を無料で出し、同じ著者の新刊を買わせることにある。あるいは、あまり有名でない作家の本をプロモーションするためのようだ。

 2009年10月に、Lauren Daneという作家の『Giving Chase』という恋愛小説が無料で提供され、2万6897冊ダウンロードされた。その結果、彼女の既刊本『Chased』は、9月にはわずか91冊だった売り上げが10月には2666冊。『Taking Chase』は、9月に119冊だったのが、10月には3279冊に伸びたという(いずれもダウンロード)。

 これは、“人は他人が読んでいる本を読みたがる”という市場心理の基本ともいうべきものだろう。しかし、話はプロモーションに関するお話だけで終わるのだろうか? アマゾンのダウンロード販売に関しては、本の値付けや取引条件について、議論があるのはご存じのとおりだ。そこに、無料という新たなカードが投げ込まれたといってもよいのではないか?

 たとえば、現在ベストテンに並んでいる7冊の無料本を見ると、2009、2008年に刊行された、必ずしも古い著作でないものも少なくない。出版社の対応もさまざまで、絶対に無料本はやらないというところもあれば、まだ判断もできていない出版社もあるようだ。

前へ 1 2 次へ

カテゴリートップへ

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ