ソーシャリズムは資本主義の敵ではない
かつてハイエクは、こうした自律分散的なシステムを国家がコントロールすることはできず、価格にゆだねるしかないと語ったが、いまウェブで起きている現象は彼の予想を超えた「価格なき自律分散システム」だ。市場メカニズムでは人は金銭的なインセンティブによって行動するが、この新しいソーシャリズムで人々を動かすのは心理的なモチベーションだ。OSSの開発者に「なぜOSSに参加したのか?」と質問したアンケートでもっとも多かったのは、「技術を学んで発展させることができる」という答だった。
こうした非金銭的なコミュニケーションから進んで、P2Pでマイクロファイナンス(少額融資)を行なうKivaというサイトも登場した。オークション・サイトもeベイのような商業ベースのものだけでなく、不要品をバーターするサイトが世界中にできている。
日本では「プライバシー保護」が何より大事だと思い込んでいる経営者が多いようだが、日本のように無駄に厳重な個人情報保護法は世界のどこにもない。むしろFacebookをはじめ、ソーシャル・メディアで個人情報を共有するシステムが広がっている。もっともデリケートな医療情報さえ共有するpatientslikemeというサイトができ、ウェブに電子カルテのデータベースを構築している。
こうしたソーシャリズムは、かつてのような革命運動ではなく、むしろ資本主義のビジネスをサポートする面も大きい。しかし資本主義の側では、自分たちの市場がこうした新しいメディアに奪われることを恐れ、「知的財産権」などの理由で妨害しようと試みている。
これに対しては、『共産党宣言』の結論を少し変えて結んでおこう。「支配階級よ、ソーシャリズムのまえにおののくがいい。ソーシャル・メディアは失うものをもたない。彼らが獲得するものは世界である。しかし資本主義も、実はそこから得るもののほうが多いのだ」。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「ハイエク 知識社会の自由主義 」(PHP新書)、「情報技術と組織のアーキテクチャ 」(NTT出版)、「電波利権 」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える 」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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