B-CASは無用の長物
B-CASは、元はNHKのBSデジタル受信者を識別するだけだったが、2002年にコピーワンスを導入するとき、コピー制御信号を認識させるためのエンフォースメント(強制)の手段として、MULTI2という暗号を使ってスクランブル化することが決まった。しかし、これはARIB(電波産業会)の勧告する標準規格に過ぎず、法的根拠はない。
したがってMULTI2の暗号鍵をネットワークで配布することは、B-CAS社との契約に違反するのでカードのIDを止められるかもしれないが、違法行為ではない。実際にはフリーオ以外にも「画像安定装置」などの名前で地上デジタル放送のコピー制御を外す機材がたくさん売られており、もはやB-CASはエンフォースメント装置としては無用の長物だ。
こうした問題点はB-CAS社も認識しており、浦崎宏社長は「不要と言われれば退く覚悟はできている」と語っている。総務省も、情報通信審議会にB-CASの廃止を諮問する方針だと言われている。もともと無料放送に限定受信システム(CAS)を付けるのが間違っており、WOWOWなどの有料放送は専用のデコーダーにすべきだ。
ダビング10も廃止しかない
問題はB-CASを廃止したあと、どうするかだ。テレビ局は、ダビング10の制御信号を受信機で認識することを法的に義務づけるようロビイングを行なっている。これは2005年にFCC(米連邦通信委員会)が実施したBroadcast Flagと同じだが、この規定は裁判所によって違法とされて、廃止に至った。
現実にも、この規制を有効にするには、テレビだけでなく、すべての無線通信機器やPCのチューナーボードを規制しなければならない。電気通信を所管するに過ぎない総務省が、すべての電機製品を規制するのは越権行為である。またデジタルテレビの信号を自由に利用したいユーザーは、中古のテレビや無線機を買うようになり、「2011年の地デジ完全移行」という総務省の目標の障害になるだろう。
福田政権の目玉は「消費者中心の行政」だという。B-CASもダビング10も、消費者に不便な思いをさせているばかりか、電機メーカーにも余計なコストを負担させ、著作権者が望んでできたものでもない。野田聖子消費者問題担当相は、かつて郵政相も務めて放送行政にも明るいので、消費者行政の第一弾として、このような反消費者的な放送システムを廃止するよう総務省に勧告してはどうだろうか。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「過剰と破壊の経済学」(アスキー)、「情報技術と組織のアーキテクチャ」(NTT出版)、「電波利権」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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