安心・安全を求める過剰防衛が広がる
改正薬事法が6月1日から施行され、ネット販売できるのはビタミン剤などの「第3類医薬品」のみとなった。楽天やヤフーなどのネット販売事業者は反対を表明し、パブリックコメントでも97%が反対を表明したにもかかわらず、厚生労働省は一部の経過措置を付け加えただけで規制を強行した。これについては当コラムの第46回でも取り上げたが、そこで書いた疑問は何も解決されていない。
この問題は特殊な例ではなく、安心・安全を最優先に掲げる麻生政権の方針に関連している。最近の新型インフルエンザについても、専門家は「毒性は弱い」といっているのに厚労省は異常な警戒態勢を敷き、休校や休業が相次いだ。経済財政諮問会議も、これまでの成長路線を転換し、失業給付や生活保護の増額を中心とする「安心保障政策」を打ち出した。さらに食品偽装事件をきっかけに、消費者の安心・安全を守るための役所として消費者庁を設置する法案も国会で成立した。
不況で安心を求める声が強まるのは、心理的には理解できる。薬品や食品の安全が第一だというのは、誰も異論がないだろう。しかし安心・安全のコストはゼロではない。薬事法のケースでも明らかなように、「万が一」のリスクをゼロにしようとすると、離島や障害者など薬局に出向けない人が薬を買えなくなる。重要なのはリスクをゼロにすることではなく、こうしたリスクとそれを保護するコストのトレードオフの中から、多くの人にとって望ましい妥協点をさがすことだ。
しかしこういう意思決定はむずかしい。「絶対安全」を求める人の声は強く、安全が保たれなかった場合の損害は明らかだが、過剰規制によるコストは社会全体に分散するので見えにくく、それを批判する声も弱いからだ。
特に官僚にとっては、事故が起きると責任を問われてメディアに攻撃されるが、過剰に保護してもそのコストは民間が負うので痛くもかゆくもない。したがって必要以上に安全を要求して、過剰に規制するバイアスがはたらく。これを霞ヶ関では「政府ガード」というそうだ。
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