描写のリアルさが、人間のリアルにつながる
―― 現実的なものとして見せたいということですが、「さらい屋」は時代劇ですよね。架空の世界で、彼らの悩みをどのように現実的に見せようと思われましたか。
望月 実は「さらい屋」は、「時代劇」として作ろうとは思っていなかったんですね。追求したかったのは「本物の江戸時代っぽさ」のほうです。どうしたら現実にあったであろう江戸時代に近い空気を出せるかという。
たとえば彼らは着物を着ていますよね。そうするといろいろ芝居が変わるじゃないですか。歩くたびに袖も揺れる、そのリアルさを絵で描く。Tシャツの若者が歩いているのと比べたら何倍も手間が掛かってしまうんですけど、そういうことはやっていきたいなと。
それから、電気がないわけですから、暗いだろう。特に夜などは、外にしろ家の中にしろ、相当暗いはずで。本当は何も見えないぐらい暗いはずなんですけど、そこはお客さんに見せるものなので、画面がぎりぎり見えるぐらいまでの暗さにする。暗くて何か、ひやっとした雰囲気というか、そういうものを感じられるような画面にしたいなと。
あと意識したのは、時間の流れがゆったりしているということですね。セリフ回しにしても、歩き方とかにしても。これも本当に想像ですけど、昔の人は、現代人ほどせかせかしてなかっただろうと思うのです。のんびりした空気を、MOKA☆さんに発注したタンゴ調などの音楽でも出してみました。
(C) 2010 オノ・ナツメ/小学館・さらい屋五葉製作委員会
―― 時間の流れは大事ですか。
望月 大事ですね。「さらい屋」は、おれが監督で、シナリオを書いて、絵コンテと演出にも関わっているんですけれども、特に自分でこだわりたいと思ったのは会話の「間」でした。
アニメの場合、とかく我々が普段している会話よりも、テンポがうんとスピーディなのですが、「さらい屋」ではあえてそこはゆっくり、実際に我々が会話するような感じにしたいなと。相手の言葉を聞いて、考えて、答える。そういう「間」を入れたいと思いました。
政なんかは、何かを聞かれても、即答できる人間じゃないので、言いよどんで、ものすごく時間が経ってからぽそっと答えたり、目をそらして、答えなかったりする。そういう人間の会話の生っぽい感じを出したいと。原作自体も、漫画のコマで「間」を作ることで効果を上げている作品じゃないかと思いますし。
―― 江戸時代といっても、描写的に現実感を出すことで、政たちの悩みや生き様にリアルを出そうとしたのですね。
望月 そうですね。「さらい屋」には、「新感覚時代劇」というキャッチコピーが付いているんですが、あれは言い得て妙というか。要は、江戸時代が舞台というだけで、政や五葉の仲間、江戸に暮らす人たちの人間模様は、現代劇を作るときと同じ感覚なのです。だから彼らの感情に寄り添って、あまり時代劇らしいケレン味を出したりせず、ナチュラルに作っていこうと思っていました。
(C) 2010 オノ・ナツメ/小学館・さらい屋五葉製作委員会
舞台が江戸時代であるにもかかわらず、政をはじめとしたキャラクターたちの生き方が「現代的」に見えたのは、不安をかかえた浪人というモチーフだけが理由ではなかった。そこには時代劇の鋳型にはまらない「シーンの生っぽさ」があった。 監督が考える、さらい屋五葉が目指す「リアリティ」とはどこにあるのだろう。
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