人生、浪人でいいじゃないか 「地味アニメ」作る理由
行き場ないのは本当に不安? アニメで描く時代の闇 【後編】
2010年09月04日 12時00分更新
(C) 2010 オノ・ナツメ/小学館・さらい屋五葉製作委員会
浪人。この言葉にあなたは何を思うだろうか。
職についてもうまくいかず暇を出され、江戸の町に知り合いもできない。浪人を続ける主人公・政之助の生き方は、現代の私たちが抱える不安の写し鏡でもある。そんな政之助に弥一が誘った、かどわかし屋の「五葉」。それは犯罪集団ではありながらもアマチュアの学生サークルのようなものだ、と望月智充監督は語った。
前回のテーマは「居心地のいい居場所をいかに作るか」(記事前編)だったが、今回のテーマは「周囲と比べない方法」だ。アニメ業界に入ってから、周囲のサラリーマンと比較なんてしたことがない、と笑う望月監督。けれど彼にも、意識せざるをえない存在があった。想像してみてほしい。同じルートで業界に入った同年代が「エヴァ」を作ったら、平静でいられるだろうか?
さらい屋五葉
気弱ではずかしがり屋な性格が災いして浪人となり、田舎から江戸に出てきた秋津政之助は、ある日偶然出会った遊び人風の男・弥一に用心棒になるよう頼まれる。しかし、政が守るべき弥一こそ、かどわかし(誘拐)を生業とする賊「五葉」の一味であった――原作はオノ・ナツメ、「月刊IKKI」(小学館)にて2010年9月号まで連載。最終巻第八巻は9月下旬発売予定。オフィシャルサイトはこちら。
監督について
望月智充(もちづき・ともみ)。1958年生まれ。北海道出身。早稲田大学で早稲田アニメーション同好会に所属し、1981年に大学を中退。亜細亜堂へ入社。主な監督作品に「きまぐれオレンジ☆ロード あの日にかえりたい」「海がきこえる」「ヨコハマ買い出し紀行 -Quiet Country Cafe-」「ふたつのスピカ」「絶対少年」など。
望月アニメの特徴は「地味です」
―― 「さらい屋五葉」は、時代劇のフォーマットにはこだわらず、実際にあったであろう江戸という町と、そこに暮らす人々の様子を丁寧に描くことで、現代にも通じるリアルさを出していったということでしたね。主人公・政之助の「浪人」としての不安や居場所のなさといった悩みも浮き彫りにされていったと。
望月 そうですね。現代人的な悩みも描かれているというのは、原作からそうですしね。
―― 原作を読んで、どんなところに興味を持ちましたか?
望月 「地味」なところです。もちろん、良い意味で。時代劇と言ってもチャンバラがあるわけではなく「五葉」の弥一や政之助たちがいかに仲間になっていくかというような、人間模様を丁寧に描いていく作品で。絵柄も含めて、決して派手な漫画ではないですよね。
そういうことを含めて、「さらい屋」は自分の色にも合っていたと思います。画面の雰囲気にしても、ドラマにしても。俺はアクションを中心に見せる作品よりも、もともと地味なもののほうが得意なほうなので。
(C) 2010 オノ・ナツメ/小学館・さらい屋五葉製作委員会
―― ここで言う「地味」とは、どんなものなんでしょうか。
望月 一言では言えないですけど……「さらい屋」に関しては、「当たり前のことを、当たり前にあるものとして描く」というところかなと。最初に「江戸時代を表現したい」というお話をしましたよね(前編)。
江戸時代と現代とでは、同じ歩いている様子でも動き方がまったく違う。着物を着た人の足のさばき方、裾の揺れ方というのがあると。画面の中に登場するものすべてにおいてそんな感じ。江戸時代という、電気もなければビルもない、今、普通にあるものがない時代なので、美術とか音楽とかいろいろなものを含めて、その世界に見合った表現みたいなものを総合的に画面にできればいいなという。
―― 「当たり前のものを、当たり前に描く」ことで、観る側にどんな印象を持たせようと?
望月 その世界の、実感が感じられるようにしたい。観ている側のお客さんに、政之助たちがあたかも本当に江戸時代に生きて暮らしていて、俺たちのように、日々、悩んだり喜んだり、生活の中でのいろいろを感じながら生きているように思ってもらえればいいなという。
(C) 2010 オノ・ナツメ/小学館・さらい屋五葉製作委員会
―― 人間描写のための積み上げだと。しかしながら、アニメーションの表現としてはおっしゃるように「地味」ではありますよね。どんな視聴者がいつ観ても、ぱっと一目見て解るようなものではない。
望月 そうですね。今のアニメーションの路線とは、真逆ですよね。独自路線です。「さらい屋」は、何かのはやりの路線にある程度似せようとは全く考えてないので。幸いあんまり似た作品はないと思うんですけど。
―― 独自路線ですか。でも「これはきっと受ける!」という勝算があったから、そういう見せ方でいかれたわけですよね。
望月 いえ、こうすれば売れるという勝算があってのことではないですよ。どうすれば売れるかがわかれば苦労はないというか(笑)。だって、派手な見せ方のほうが、それは視聴者の目に止まりやすいし、数で言えば、派手なほうを好む人が多いですよね。
「さらい屋」もアニメ化する際に、流行りの路線を入れるというやり方はあったのかもしれない。でも、売れ線の要素を入れて、先行作品のまねっぽくしか見えなくなってしまったら、新鮮味もないし、やっぱり見ている人に飽きられちゃう部分が出てきますよね。周囲の模倣をしていても、しょうがない。俺の場合、流行りのアニメはみんな同じに見えるくらいですから(笑)。
(C) 2010 オノ・ナツメ/小学館・さらい屋五葉製作委員会
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