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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第8回

日本人は「敗北」に感動する 高校野球アニメ「おお振り」の意図 【前編】

2010年11月13日 12時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko

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 「失恋したことない人とは仕事したくないんですよ」――

 そう語るのは、アニメ監督・水島努氏。人気高校野球マンガのアニメ版「おおきく振りかぶって ~夏の大会編~」(セカンドシーズン)の監督を務めた。

 アニメのファーストシーズンでは、主人公の所属する「西浦高校野球部」が、接戦の末、強豪・桐青に勝利するまでを描いた。だが今作では、大会初出場で勝ち登った西浦ナインたちが強豪チームについに「大敗」してしまう結末がメインのモチーフとなっている。

 クライマックスは、控えの選手・西広が三振してしまう場面。敗北感がありありと伝わるこのシーンをあえて大写しにする。スポ根モノの代名詞、「努力の末につかんだ勝利」とは真逆にあるものをクローズアップする理由とは何なのか? 水島監督の美学に迫った。

おおきく振りかぶって~夏の大会編~

 今年から硬式で新設された県立西浦高校野球部。気弱だがコントロールは抜群なピッチャー・三橋を擁する西浦高校は、全国高校野球選手権埼玉大会を、3回戦の崎玉高校、4回戦の港南高校と順調に勝ち進んでいった。いよいよ5回戦、美丞大狭山と対戦する西浦だが、スタンドには、美丞大狭山高校野球部コーチ・呂佳の姿が。自分たちのプレーは呂佳たちによって研究されており、苦戦を強いられる。オフィシャルサイトはこちら

監督・水島努氏について

 1965年生まれ。長野県出身。演出家。主な監督作品に、「ジャングルはいつもハレのちグゥ」「xxxHOLiC」「侵略!イカ娘」「おおきく振りかぶって」(ファーストシーズン)など。


高校野球に「無敗」はない

―― 「おおきく振りかぶって~夏の大会編~」(以下「おお振り」)のクライマックスは、西浦高校と美丞大狭山高校との対決でしたが、試合の結末の描かれ方が強く印象に残りました。ストーリーは原作通りですが、アニメでは、西広がバッターボックスに立った瞬間に、音楽が重々しいものに変わるなど、西広へのプレッシャーがかなりクローズアップして描かれていましたね。

水島 最後のシーンで、最後のバッターで、映像的に盛り上げないといけないですよね。しかもよりによって、控えの子に回ってきてしまったという場面。西浦側の気持ちとしては、ちょっともうやばいかもという気持ちもありました。「おお振り」では音楽に合わせて絵コンテを切っていて、音楽を最初に聴いてから、この音楽はこの場面で使おうというふうに考えながらやっていましたね。

第12話「9回」より

 6点差をつけられた9回、ツーアウトで打席にたったのは、ケガで途中欠場となったキャッチャー阿部の代わりに打順に入っていた控えの選手・西広。「ここで打たなきゃ負けてしまう」という場面で、西浦ナインと応援団の必死の声援を背に、西広は「当たってくれ……!」と強く思いながらも三振してしまう――。


―― プレッシャーと同時に「負け」を連想させるものでした。西浦の試合の盛り上がりを、なぜ「負けたところ」に置いたのですか。

水島 負けるシーンに重きを置いたのは……高校野球ってみんな負けるじゃないですか。全国でたった1校を残して、全部負ける。甲子園で優勝する高校以外は、どんなに強いチームでも、みんな必ず負けを経験するんですよね。高校野球で3年間負けたことがない、「無敗の思い出」なんてありえないんですよ。

 だから、一番心に残って、観てくれる人が共感できるところって、負けるところじゃないかなと思ったんですね。西浦の場合は全員1年生なので次があるんですけど、普通はそこで終わりですから。


―― 「負ける」ところに共感する、というお話ですが、スポーツドラマであれば、勝つことに共感したり、勝っているシーンをクローズアップすることでカタルシスを得るなど、そういう描き方もありますよね。

水島 勝てればいいなという希望を描く作品もありますよね。でも僕はやっぱり勝つより負ける方に描いていて、ぐっとくるものがあります。やっぱり痛みの方が共有できるんだと思いますよ、人間って。


―― 喜びよりも、痛みのほうが感情として共有できる?

水島 はい。失恋したことがない人間とは仕事をしたくないです。モテまくっているやつとは、たぶん何も共有できない(笑)。

(次のページに続く)

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