ニュース判断を警察に「丸投げ」するメディア
犯罪報道というのはむずかしい。昔はメディアが独自の調査報道で犯罪を摘発することもあったが、三浦和義事件で被告が500件以上の名誉毀損訴訟を起こし、その8割以上に勝訴したことで、流れが変わった。よく言えば人権に配慮するようになったのだが、悪く言えば警察や検察が法的な処分をするまで、報道できなくなったのだ。
特に警察が強制捜査をするかどうかが大きな分かれ目で、逮捕されれば氏名を出して報道しても名誉毀損に問われる心配はない。容疑についても「警察によれば……」という但し書きをつければよい。もちろん逮捕されたあとで起訴されないとか、誤認逮捕だったというケースもあるが、その場合にも記者クラブの発表どおり書いておけば、警察に責任転嫁できる。
そんなわけで、メディアは警察の発表を待ち、場合によっては警察にネタを持ち込んで強制捜査のタイミングで報道するようになった。いわばニュース判断を警察に丸投げしたわけだ。
これは企業としての報道機関にとってはやむをえない自衛行為だが、ジャーナリズムとしては自殺行為に等しい。特に立件のむずかしい政治家の汚職などは、かなり重大な疑惑があっても、警察が立件しなければまったく知られないまま、闇に葬られることが増えた。その代わり草彅事件のような小さな事件でも「逮捕」というお墨付きがあれば、集中豪雨のように報道する。
企業もこうしたメディアの行動に対応して、「コンプライアンス」を強化している。しかしその実態は、警察や監督官庁の処分を受けてメディアに騒がれないように法律の文言を守る「法令遵守」に矮小化され、手続きが煩雑になるばかりで実質的なコンプライアンスが置き去りにされていると郷原信郎氏(名城大学教授)は批判している。このような過剰コンプライアンスによって企業が「思考停止」し、法務部の発言力が社長より強まって、過剰セキュリティや「官製不況」が起こっているのだ。
幸いウェブの反応は、メディアよりずっと冷静で、「騒ぎすぎだ」とか「自粛は必要ない」という声が多い。たとえば25日にスポニチアネックスがウェブで行なった緊急アンケートでは「マスコミをはじめ周囲が騒ぎ過ぎ」が48.5%、「逮捕した警察の対応に問題があった」が30.8%だった。鳩山総務相の発言に対しても公式ホームページに抗議が殺到し、彼は発言を撤回した。警察に依存する大手メディアより、普通の市民のほうがずっと健全なバランス感覚をもっていることを、ウェブは示したのである。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「ハイエク 知識社会の自由主義 」(PHP新書)、「情報技術と組織のアーキテクチャ 」(NTT出版)、「電波利権 」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える 」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
この連載の記事
-
最終回
トピックス
日本のITはなぜ終わったのか -
第144回
トピックス
電波を政治的な取引に使う総務省と民放とNTTドコモ -
第143回
トピックス
グーグルを動かしたスマートフォンの「特許バブル」 -
第142回
トピックス
アナログ放送終了はテレビの終わりの始まり -
第141回
トピックス
ソフトバンクは補助金ビジネスではなく電力自由化をめざせ -
第140回
トピックス
ビル・ゲイツのねらう原子力のイノベーション -
第139回
トピックス
電力産業は「第二のブロードバンド」になるか -
第138回
トピックス
原発事故で迷走する政府の情報管理 -
第137回
トピックス
大震災でわかった旧メディアと新メディアの使い道 -
第136回
トピックス
拝啓 NHK会長様 -
第135回
トピックス
新卒一括採用が「ITゼネコン構造」を生む - この連載の一覧へ