5億円のギャンブルはなぜ成功したのか
「鋼の錬金術師」プロデューサー、次の狙いは?【前編】
2011年02月05日 12時00分更新
失ったものを取り戻す、「ハガレン」という賭け
田口 Wikipediaにも載ってますが、うちの会社ではいわゆる「お家騒動」があったんですね。連載作家も抜け、編集長もいなくなった。出版が分かる人間がいないということで、当時ソフトウェア事業部長だった僕が、出版事業部長になって全体を見ることになったんです。約10年前、2001年のことですね。
出版部門は100億円あった売り上げが半分の50億円にまで落ち込んでいました。一度半分にまで落ち込んだものを取り戻すには、コツコツ積み上げていくだけじゃなくて、どこかでボンッと花開かせるような大勝負をかけなきゃいけない。それに相応する作品が「ハガレン」だと思ったんです。
(C)荒川弘/スクウェアエニックス・毎日放送・アニプレックス・ボンズ・電通 2003
―― どういったところが大勝負となりましたか。
田口 まずは「賭け金」。最初のアニメ化になった第1期「鋼の錬金術師」の時は5億円を出しました。それに、巻数がまだ5巻のときにアニメ化したこともバクチでした。本来なら、売り上げを増やすためには、巻数が溜まっていなければいけなかったんですよ。
アニメ化で1巻あたり20万部売れるようになったとして、10巻出ていれば200万部でも、1巻しか出ていなかったら20万部分の利益しか出ないですよね。本来なら、アニメ化の投資以上にコミックスが売れ伸びて回収できるかどうかを、もっと過去のデータから確実な線を取ります。
投じたお金が5億円ということは、アニメが終わった段階で、最低でも330万部、つまり1巻当たり66万部以上は伸びていないといけなかった。330万部ぐらいまで伸びてトントン。それより売れて、ようやくアニメ化した利益が出る。
アニメ化の前は1巻およそ15万部くらいでしたし、「鋼」のようなジャンルのデータは過去にもなかったので、まるっきり未知数な状態でした。
―― それは大きな賭けですね。
田口 心配はもちろんありました。普段は絶対に勝てる勝負しかしないんだけど……もっと出版部門が順調な状況だったら、「5億円の賭け」はやってなかったかもしれない。でも、売り上げが以前の半分に落ち込んでいた状況では、やらなければならなかった。
(C)荒川弘/スクウェアエニックス・毎日放送・アニプレックス・ボンズ・電通 2003
―― そこで「鋼の錬金術師」に賭けた理由は何でしょう。
田口 そこはもう作品の内容です。作品を信じているからこそできた賭けですよ。僕が出版事業部に来たのはちょうど第2話が掲載されたときで、自分としてはその後の第5話「錬金術師の苦悩」、あのニーナの回のときに一番衝撃を受けて。
読者アンケートでは第1話目からダントツ1位で注目してはいたんですが、ニーナの回に来たとき、「うわ、これすげえ。ここまで心がえぐられるような物語は久々だ」となって。勝負できるかもと思ったのは、その時でしたね。
―― そこは「クリエイティブサイドの自分」が出たということですね。
田口 ニーナの父が国家錬金術師の資格を失わないために、自分の娘を実験に使い、キメラにしてしまう。人間の「業」というか、錬金術師の業を描いた。主人公たちがなぜあんなに強いのか、あの話がなかったら、違和感を持つ人もいると思うんです。少年期にあんな心の傷を負うなんて、ものすごいトラウマじゃないですか。それでニーナの回を読んだときに強い納得感があった。それが自分の中では一番です。
やっぱり「ハガレン」って、血の通い方がすごいんですよ。作者の荒川弘さんのベースにあるものが非常に骨太な部分で、すごく人間を考えている作家さんだと思うんです。よくあの人は「私は漫画馬鹿ですから」って言うんだけど、漫画という媒体で人間をどう表現するかをすごく考えている。
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原作と連携して作ったアニメのオリジナル
―― そこからアニメ化に動いたわけですね。
田口 そうです。そこでボンズ(アニメ制作会社)の南雅彦さんが、監督に水島精二さん、シリーズ構成に會川 昇さんを引っ張ってきてくれて。ここで困ったのが、原作がまだあまり進んでいないことでした。ちょうどMBS(放送局)で、土曜日6時のアニメ枠(土6と呼ばれる)が作られたとき、そこで放映するには4クール(一年間)続けることが条件だったんですが、その時の原作の巻数では1年間も持たないと。
―― アニメの第1期は、物語の後半がオリジナルでしたね。
田口 2クール目までは原作に準じた形で動くんだけれども、それ以降をどう持っていこうかと。そのとき、マンガの方は最終回をどうするか荒川さんの中で決まっていたので、それを教えてもらったんです。
倉重宣之(クロスメディア事業部長) 荒川先生に、「最終回はこうなる」を最初にお話していただいたんですね。同じものを先にアニメでやるわけにはいかない。じゃあ、アニメ版はオリジナルで面白い最終回を考えようということになって、脚本の會川さんが7案ぐらい出してきたんです。
こんなラスボスで、こんなエンディングでどうかという會川さんの一押しと、荒川先生のお気に入りとがピッタリ一致して、じゃあこれでいきましょうというのが、第1期の最終回ですね。その後に作られた劇場版(「劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者」)も、すべて會川さんのアイデアでした。
(C)荒川弘/スクウェアエニックス・毎日放送・アニプレックス・ボンズ・電通 2003
―― 原作がラストまでいかない段階で、アニメの現場に先にラストを伝えるというのは、当時珍しい試みだったようですね。
田口 うちは結構、どの作品もバレバレでやってきてます(笑)。アニメをオリジナルのラストに持っていく中で、水島監督と會川さんなりの最終ゴールを決めて、そのためにホムンクルスの構成も変えたりしていきながら作っていったというのが実際ですね。第1期が終了した段階で、コミックス第1巻は15万部だったものが150万部にまで伸び、1~8巻はトータルで1080万部売れていました。
「広告塔」を良いものにするために
―― 「ハガレン」の第1期アニメがオリジナルも含めた展開にもかかわらず、大きなヒットになり、コミックスも売れたと。ヒットの要因は何だとお考えになっていますか。
田口 内容がファンの皆さんに受け入れられたのがもちろん大きいんでしょうけど、あえてビジネスサイドの言い方をするなら、テレビアニメを無料で流すのはやっぱり「出版物のCM」だからだと思うんです。そこがいかに素晴らしいかで出版物の売れ行きが変わってくる。原作の本質をしっかり捉え、どれだけ面白いものを作れるか。その点で第1期のスタッフにはすごくありがたいと思っているし、尊敬しています。
―― アニメを良くするために、田口さんご自身はプロデューサーとしてどんな配慮をされましたか。
田口 まずは時間帯です。どこの局にするか、アニメだから深夜帯にいくのか、もっと若い時間(早い時間帯)でいくのか。やっぱりこの作品は賭けてみたかったので、どうしても若い時間でいきたかった。深夜アニメを見る層だけじゃなく、子供さんも含めてみんなに見てほしかったからこだわったんですね。そうしたらテレビの枠代がだいぶかかってしまったわけなんですけれども。
あとは、プロデューサー同士で膝を詰めて、喧々囂々、かなりやり合いましたね。
スクエニの僕、ボンズの南 雅彦さん、毎日放送の竹田靑滋さん、アニプレックスの大山 良さん。それぞれが原作を守る、アニメを作る、テレビ放映にかける、アニメを売るという役割がある。そこに齟齬があったらいけないということで。「これ、違うんやないか」「いやいや、こうじゃないと」みたいに、お互い相手の分野に干渉するくらいの激論になりました。
言い合いはするんだけど、最終的にはそれぞれの専門分野の仕事に責任を持っているということで。だから、「ここは俺の仕事じゃないから知らない」というのはなかった。責任だけはちゃんと取る。そうやって戦い合って、一枚岩になって、1つの船が進んでいったという感じですね。
毎週アフレコ現場行って、毎週飲んで戦って。でも、なあなあにはならず、最終的にはたぶんお互い信頼し合っていると思います。
(C)荒川弘/スクウェアエニックス・毎日放送・アニプレックス・ボンズ・電通 2003
―― その信頼関係作りには、ノウハウというか肝みたいなものはありますか。
田口 ぶっちゃけて話すことだと思いますけどね。ひたすらそれだと思います。
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