専門職を育てるキャリアパスを
これはIT業界でも同じだ。特にソフトウェアは高度に専門化しており、日本のサラリーマンのようにいろいろな部署を回っていてはとても最先端技術についていけない。このためITゼネコンと呼ばれる大手コンピュータ・メーカーでは、コーディングそのものは下請け・孫請けに出し、大手は受注や契約だけを行なう多重下請け構造になっている。末端のソフトハウスはほとんど人材派遣業で、元請けから与えられた仕様を実装するだけの「3K職場」になり、若者にきらわれている。
根本的な問題は、現場がピラミッド状の系列構造に組み込まれて自立できないことだ。現場に内容の決定権がないので、ベンチャーとして自立もできず、いつまでも下請けを脱却できない。終身雇用のサラリーマンは昇進の階段を上るうちに現場を離れるので、専門的なコアの業務は下請け・孫請けに頼らざるをえないのだ。これはテレビ局と同じで、多かれ少なかれ知識集約型産業に共通している。
他方、下請けのほうは完成した商品を売ることができないので、創造性を生かせない。したがって専門的な技能をもつ労働者は下請けで働き、賃金は低く雇用は不安定だ。そして不況になると、こうした下請けが真っ先に切られ、中国などにアウトソーシングされる。こうして日本の情報産業から専門家やクリエイターが消えてゆく。テレビの制作プロダクションも、かつては人気職種だったが、最近は3K職場であることが広く知られ、人手不足だという。
かろうじて世界的水準に追いついているのはゲームやアニメぐらいだが、こうした産業は「本流」の企業から差別され、役所にも無視されてきたため、終身雇用とは無縁だ。たいていプロジェクトごとにクリエイターが移動する「ハリウッド型」のシステムをとっている会社が多い。このような企業システムから見直さないと、日本の情報産業の行き詰まりは打開できない。年功序列をやめ、専門家を育てるキャリアパスの改革が必要だ。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に 「ハイエク 知識社会の自由主義 」(PHP新書)、「情報技術と組織のアーキテクチャ 」(NTT出版)、「電波利権 」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える 」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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