文系・理系を超えて次世代のメディア戦略を
しかしNHKの経営陣はここ数年、不祥事への対応などの後ろ向きの仕事に追われて、積極的なメディア戦略を何も打ち出せない。こういう現状は、「失われた10年」などといわれた90年代の銀行とよく似ている。
NHKも、島桂次会長の時代には(いささかバブル的だったが)多メディア化・グローバル化を進めていた。衛星放送による受信料収入の増加はその成果である。しかし1991年に島氏が失脚し、海老沢勝二氏が実権を握ると、改革はすべて白紙に戻され、それ以来「失われた17年」が続いてきた。海老沢時代に行なわれたのは、在来の放送の中身を何も変えないで「デジタル化」する無意味な設備投資だけだ。
NHKのテレビ技術者は、個人的にはまじめで優秀だが、かつてのIBMのメインフレーム技術者やNTTの交換機技術者と同様、「レガシーシステムをいかに改良するか」という発想しかない。彼らは50年以上、テレビ技術に物的・人的なサンクコスト(回収できない埋没費用)を投じてきたので、それを延命しようとする気持ちはわかるが、前回のこのコラムでも書いたように、サンクコストは考えてはいけない。自動車が出てきたら、馬車を改良してはいけないのだ。
NHKのように大規模な「放送技術研究所」を持つテレビ局は、世界を見てもほかにない。そこでは放送機材をメーカーと共同開発し、民生用の10倍ぐらいの価格で調達する代わりに、OBがメーカーに天下るという仕組みができている。放送局が機材を開発することは無意味であるばかりでなく、ハイビジョン(MUSE)のような自前の技術にこだわって失敗する原因になる。技研は民間企業に売却して機材の独自開発はやめ、世界のメーカーからオープンに調達すべきだ。
インターネットが分かる人を「CIO」にすべき
いまメディアを取り巻く環境は激変しており、ビール会社出身の会長とフィルム会社出身の経営委員長だけで対応できるとは思えない。CIO(最高情報責任者)を設け、文系・理系の枠を超えてインターネットの分かる若い人材を経営に登用し、放送・情報システムをIPで統合して、総合的なメディア戦略を立案してはどうだろうか。
NHKには、これまで蓄積した60万本の番組という大きな資産があるのに、放送という業界の垣根にこだわって、そのほとんどを死蔵している。BBCのように放送を超えたメディア戦略を立案し、アーカイブを「ネット配信センター」として新事業の中心にすえるなど、新しいプロジェクトに挑戦すれば、前向きのエネルギーも出てくるのではないか。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「過剰と破壊の経済学」(アスキー)、「情報技術と組織のアーキテクチャ」(NTT出版)、「電波利権」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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