「予算ゼロ」でもやる理由
―― それにしても本番まで時間ないですね。
伊藤 ええ。冨田先生がいま曲を作っているということなんですね。だから僕らもまだ一度も曲を聞いたことはないです。上がってくるのはかなりギリギリになると思いますね。それを待って、モーションをダッシュで入れて、という感じになると思います。
藍 ただ、どんなものが来ても対応できるような準備はしておくつもりです。
伊藤 もう本当に情熱だけで。主催者から「予算は出ません」とはっきり言われましたから。
―― それでよく引き受けましたね。
伊藤 冨田さんとミクがこういう接点を持ったという事実は、電子音楽の歴史に残ることだと思うんですよ。そういう意識でやるということです。技術的に解決すべき問題は置いておいて……。
―― 冨田さんのコンサートも地方を回ってほしいなと思いますけど。
伊藤 盛岡ではやりたいですね。イーハトーヴの世界観からできあがったものですから。僕は札幌でもやってくれないかなと、思っていますけど。
“ネギ禁止”でお願いします
―― ところで初音ミクが出ると発表するとファンが殺到することになると思うんですけど。
伊藤 クラシックと言っても難解な現代音楽ではなく、日本人の肌感覚に合う世界観で構成されているので、新しいファンとのいい接点になってくれるんじゃないかと思うんです。またミクが出ることによって、より広いネットメディアで紹介されて、このコンサートのことを多くの人々に知ってもらえるし。
―― クラシックのコンサートに普段行かない人も大勢来るでしょうし。
伊藤 そういう新しい人たちがたくさん来てくれて、クラシック音楽に出会う良いきっかけになってくれたらいいと思いますね。あまり生のオーケストラを聴くことってないと思うんですよ。冨田勲、イーハトーヴという切り口でもファン層はいらっしゃると思うんですが、電子音楽の人たち、エレクトロなんかをやっている人たちも含めて、冨田勲と初音ミクがコラボするというのは、かなり画期的な事件なわけですよね。音楽の歴史に立ち会っているという意味でも行く価値はあると思います。
―― でも、やっぱりサイリウムは振れないですよね?
伊藤 音楽もそういう感じじゃないんで。“ネギ禁止”でお願いします。
―― この取材の前に冨田さんにお話を伺っているんですが、初音ミクを使うことで批判も出るんじゃないですか? という質問に「シンセサイザーでドビュッシーを演るなんてと、昔から散々言われてきたから何とも思わない」という意味のことをおっしゃっていました。
伊藤 その歴史を知っている、経験した人の話は重たいですよね。だって、うちも最初にMEIKOを出した時に、散々DISられて。ミクのときも音楽専門誌は「そういうものはねえ……」という反応でしたから。新しいテクノロジーって、今までの価値観に慣れてしまった人にとって、邪道感満載なわけじゃないですか。CDが出たときも、アナログの方がいいとか。「じゃあ、あなたアナログ(レコード)が出てきたときになんて言ったんですか?」っていう話ですよね。その当時はまず間違いなく「人間の演奏以外は認めない」って言っていたはずで。VOCALOIDも人間の歌の方がいいに決まってるって言うわけです。
―― 歴史は繰り返しますね。
伊藤 ずっと同じことを繰り返してきているんだと思うんですよ。冨田さんがいち早くシンセサイザーをクラシックに取り入れたとき、その世界の人たちが受け入れづらかったのは、容易に想像がつきますよね。冨田さんは新しい表現、新しい可能性に関心が高いんだと思う。技術ありきではなく。宮沢賢治の世界を再現したい、自分の脳の中にあるその世界を音として表現したいというのが第一義だと思うんです。そこにVOCALOIDが使えるぞ、と。これを使えば今まで考えてきたことがやれるんだという、ただそれだけだと思うんですね。それでいいと思うんです。
著者紹介――四本淑三
1963年生まれ。高校時代にロッキング・オンで音楽ライターとしてデビューするも、音楽業界に疑問を感じてすぐ引退。現在はインターネット時代ならではの音楽シーンのあり方に興味を持ち、ガジェット音楽やボーカロイドシーンをフォローするフリーライター。
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