「外交官」としてのねんどろいど
まつもと「工程を半分に短縮できる武器?」
安藝「それが『ねんどろいど』シリーズの強みの1つなんです。通常のフィギュア(固定ポーズの彫像)は、キャラクターの1つ1つのポーズを細かく決めて、魂を削るように彫刻し、その後、同様に神経を尖らせて量産用の製造設計を詰めていきます。
対してねんどろいどは、キャラクターの“かわいい部分”を抜き出して、デフォルメのフォーマットにはめ込んでいく。だから造形が比較的速い。
そして製造段階においても、高度なフィギュア専用の製造ラインだけではなくて、普段オモチャを作っている製造ラインを使っても、丁寧にやってもらえれば清潔で満足度の高い商品が作れるんですよ。
ともかく開発工程が短く済むので、当時のミクのような“当たるか当たらないかよく分からないけど、これは拾うべきだ”というものに対しても僕らは手が出しやすかった」
まつもと「気になるキャラはとりあえず、ねんどろいどでいこう、と」
安藝「そうですね。語弊はありますがそういう一面があります。アンテナのような役目を果たしていると同時に、そうやってブームをいち早く掬い上げていく過程で、ねんどろいど自体のブランドイメージも確立していった側面があります。
通常のスタチュー型だと僕たちがいくら頑張っても年間20体くらいしか出せません。でも、ねんどろいどなら全力を出せば年間50から70体くらいまでいける。フィギュア化はキャラクターを生み出した作家さんにとっても嬉しい出来事なのですが、どうしても上限が厳しかったわけです。でもねんどろいどでなら、ある程度それに応えていくことができる。
最近は作家さんや版元さんも、ねんどろいどならOKですよ、と言ってくれるんです。ある意味、とても優秀な外交ツール、外交官のような存在なんですよ(笑)」
まつもと「もしかして、企画当初からアンテナ役への期待があった?」
安藝「そんなことはないです。苦し紛れですよ(笑)。通常のスタチューばかりでは辛いということで始めたんです。でも実際に作ってみたら、この掌感(たなごころかん)――手に収まる感じと、ちょっとした重みが妙に心地良いんです。
それまでのデフォルメフィギュアには施されなかった丁寧なグラデーション彩色とも相まって、十分な品質が出せることに作ってみてから気がついたという次第です。まあ、ねんどろいどを機に、良いスパイラルが生まれたのは間違いないですね」
まつもと「ねんどろいどは“安価”という特徴もありますね。フィギュアには1万円を超える商品も珍しくない中で3000円台という価格設定は、ライト層を見据えてのものでしょうか?」
安藝「価格だけではないんですよ。我々から見れば、外交官のような役目で多くのコンテンツをカバーできる。幅広いラインナップになっていって、その結果、ライトな層も刺激できる。これが一番のポイントです。
どのくらい(予算・工数的に)軽く、数多くのIP(Intellectual Property=知的財産)を押えることができるか。それをいかに(宣伝マーケティング予算面で)軽く広くユーザーに届けていくことができるか。この考えでライト層を拡張していったところが業界に貢献できると思うんです。
実はこの点はアニメ映像の話にも通じるところがあります。
作品への入り口と出口両方を持っていること。ねんどろいどをかわいいから手に取ってくれる、そしてその中から先鋭化したユーザーがよりリアルなスタチューも購入してくれる――いわば“二重の戦略”がコンテンツ全般に必要なことではないでしょうか」
パブリッシャー以外儲からない世界
まつもと「そして、フィギュア商品としては同様の展開が『ブラック★ロックシューター』にも持ち込まれたわけですね」
安藝「これについてはかなり自信をもって臨むことができました。そして原作版スタチューフィギュアのブラック★ロックシューターは5万個強のヒットですが、フィギュアの中には10万個を超えるヒットが少なからずある。じゃあ例えば10万枚売れるアニメDVDって今どれほどあるんだろう、ってふと思ったわけです。
10万個フィギュアが売れる、つまり一定の購入意欲を喚起しているわけです。実はそれまでもグッドスマイルカンパニーとしてはアニメの製作委員会への出資は数をこなしてきました。アニメコンテンツを使ってフィギュアのマーチャンダイジングで商売させてもらってきたので、そろそろ一定の責任を果たしなさいと――お布施の時期が来たのかなと(笑)。そんな風に捉えていました」
まつもと「お布施、ですか?」
安藝「だってアニメに投資して回収できたなんて経験、僕は一度もないですよ。何億使ったか分からない。絶対に回収できなかった………」
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