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西田 宗千佳のBeyond the Mobile 第33回

開発者インタビューで秘密に迫る「VAIO X」 前編

2009年10月08日 12時00分更新

文● 西田 宗千佳

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スピード重視でAVアプリや透明視覚効果は見送る
発熱による速度低下を抑えるためにファンを搭載

 VAIO Xの裏には、どうしてもtype Pという存在がちらついて見える。type Pは、VAIO Xと同じくAtom ZをCPUとして使い、チップセットも同じUS15W。type PはWindows Vistaを搭載して出荷され、動作速度はお世辞にも「速い」とは言えない製品だった。

 そのため、後にWindows XP用のドライバーやXP搭載モデルもラインナップに追加され、「XPの方が動作が軽い」と人気が高かった。VAIO Xも同じAtom Zベースならば、Windows 7では実用的な速度では動かないのでは……。そう危惧する人がいるのも、無理からぬところだ。

 だが、実際はそうではない。筆者も1週間ほどVAIO Xを使ってみたが、ちょっと意外なほど快適な速度で動くことに驚いた。もちろん「速い」わけではない。だが、ウェブを見たりオフィスアプリを使ったりといった、俗に言う「一般的な動作」で不快感を感じるシーンはなかった。同じAtom系でも、チップセット内蔵のグラフィック機能がWindowsでの処理に向いているため、「Atom Z系よりもAtom N系の方が快適」と言われることが多い。しかしVAIO Xに関しては、Atom N系に劣るという印象はなかった。もちろん、それには秘密がある。

 VAIO Xは、標準搭載のOSがWindows 7 Home Premiumとなっている(CTO方式のVAIO OWNER MADEモデルはXPダウングレードモデルも選択できるが、WWANなどは利用できない)。ただし、Windows Aeroはオフで出荷される。AeroをサポートしていないWindows 7 Starterではなく、Home Premiumを採用しているにも関わらずだ。ハード的にもソフト的にも、VAIO XではAeroが動く(サポート対象外だが)。しかし、あえて速度重視でオフにして出荷されているわけだ。

 また、VAIOといえば、さまざまなAV系アプリケーションが組みこまれて出荷されている、という印象が強い。だがVAIO Xでは、それらは標準状態では動いていない。限りなく「素のWindows 7」で動いているのだ。VAIO Xのソフトウエア開発を担当した、ソニーイーエムシーエスの市川英志氏は、次のように説明する。

市川「常駐アプリケーションはできるだけ減らしました。これらが多いと動作は重くなりますから。VAIO Xのターゲットユーザーにきちんと使っていただくために、『なんのアプリケーションが必要でなにが不必要か』ということを精査し、不必要と思われるアプリケーションは載せませんでした」

「透明視覚効果をオフにしたカスタムテーマを採用したのも同様です。パフォーマンス的に厳しいのは見えていたので、利用するユーザーのことを考え、あえてオフにしました。Aeroで実現できる機能とユーザーが必要とするものを天秤にかけ、パフォーマンスの向上を採ったのです。この点は、Atomのプラットフォームを採用すると決まった段階で、開発陣の中では共通の認識でした」

 また、ソフト面ではもうひとつの工夫がこらされている。

市川「type Pで不満として寄せられ、そこから得た教訓は『動作の重さ』です。放熱対策による動作クロックの低下が、システムのパフォーマンスに影響を与えてしまっていました。そこで、今回は空冷ファンを入れて、緩和されるようにコントローラーの制御も改善しています」

 搭載されたファンはごく小さく、薄いものだが、それでも効果は大きいようだ。少なくともテスト機で使ってみた限り、極端に速度が遅くなる状況は見られなかった。もちろん、全体の速度はやはり速いわけではない。だが、type Pで感じた「起動の遅さ」や、時折感じた「ひっかかるような遅さ」はなく、一定の速度で使い続けられる印象を持った。

VAIO Xで搭載されたファン(左写真中央、右はファンのみ)。内部を冷やすために、最低限の大きさのものが搭載されている。音は小さいが、良く聞くと少し甲高い回転音が聞こえてくる

「VAIO Xは『アスリートのようなマシン』と呼んでいます。外で快適に使ってもらいたい製品を作りたかった。重さやバッテリーの面で快適になったのだから、次はOSやアプリケーションの面までダイエットしていこうよ、と考えたんです」

「type Pはどちらかと言うと、『今までできなかったこと』をしてもらうための製品、と考えていました。例えば、買い物の途中で周辺の情報を、その場で開いてチェックする。あるいはハイビジョンの動画をどこでも見る、といった使い方です」

「それに対してVAIO Xは、『やらなければいけないことを、外に持ち出してやる』ためのもの。それを効率良くすすめるために、必要な機能だけを提供するという発想をしました。type Zのように『すべての面でベスト・オブ・ベストを狙う』製品もあれば、VAIO Xのような製品もあっていいのでは、と考えます」

 モバイルでの使い勝手のためにAV機能を落とす、という点は、他社なら可能性がある選択肢だが、こと「ソニー」としては、非常に画期的な決断といえる。そういう意味では、Xは「VAIO史上もっとも割り切ったVAIO」なのかも知れない。

 今回はVAIO Xの概要と、実現のための道のりまでを掲載した。だが、VAIO Xができるまでには、まだまだ道のりがある。特にこの製品は、製造を担当する長野テックとの連携が大きなカギとなっている。

 来週掲載予定の後編では、実際にVAIO Xを「作る」ためにはなにがあったのか、強度設計やボディ加工、そして、普段は公開されない長野テックの製造ラインや設計機材の様子も含め、レポートしていきたい。


筆者紹介─西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、アエラ、週刊東洋経済、月刊宝島、PCfan、YOMIURI PC、AVWatch、マイコミジャーナルなどに寄稿するほか、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)、「クラウド・コンピューティング ウェブ2.0の先にくるもの」「クラウド・コンピューティング仕事術」(朝日新聞出版)。


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