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ついに上陸解禁! 日本一有名な廃墟、軍艦島に行ってきた!【後編】

2009年04月19日 21時00分更新

文● 伊藤 真広

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国内最古の鉄筋コンクリート造アパートが
ここにある!

 いよいよ、見学コースも大詰め。最後の見学広場となる第3見学広場へと向かう。これまでに見てきた建物は、炭鉱事業で使われていた施設の数々だ。しかし、最後の第3見学広場から見ることができるのは、国内最古の7階建て鉄筋コンクリート造アパート(30号棟)などの居住区。この島で人々が暮らしていた住居の跡だ。
 ここでは、厳しい自然環境に対応するための工夫が、その建物からも伺える。例えば、常に潮害にさらされるため、窓枠やベランダの手すり、一部の渡り廊下には鉄を使わず、木を使用していたり、台風などの強風、波浪から島を守るため、外洋に面した建物は防潮壁としての役割を負っていたり……。しかし、現在ではその多くが風化し、崩壊を始めている。

第2見学広場を出て第3見学広場を目指す間には、かなり巨大なコンクリート片が転がっていた
肥前端島灯台。人の営みがなくなり島から灯りが消えた同島には、航路の安全を確保するために灯台が設置された。現在の灯台は、錆びないよう強化プラスチックで造られている見学通路は90度カーブし、西へと進む。その途中、先ほど第2見学広場で見た総合事務所を、今度は横から見て進む
炭鉱で必要な器具を製作する鍛冶工場。南側の壁が崩壊しており、建物内部がバッチリ見えるのだが、風化が進み当時の様子はさっぱりわからない。2階の床が崩れ落ちるのも時間の問題か……
第3見学広場の手前に、ぽつんと取り残されている仕上工場。ここでは炭鉱で必要な物の製作や修理を行なっていた。2階には工場員のための食堂と風呂があったそうだ
見学通路の最奥地でついに姿を見せた30号棟。これが軍艦島上陸ツアーの目玉、国内最古の鉄筋コンクリート造アパートだ!
第3見学広場からの眺め。下請業者用住居の30号棟(写真右)と、鉱員用住居の31号棟(写真左)をカメラに収めることができる。ビルの隙間から見える奥の建物は職員用住居の25号棟
30号棟を望遠で。窓の木枠や障子が確認できる。今回の取材では悪路を歩くことを考え、18-200mmのレンズ1本で望んだのだが、こんなことなら80-400mmも用意しておくべきだった30号棟と31号棟の間にチラリと見える25号棟の階段。かつて25号棟の1階には島内唯一のスナック「白水苑」が、2階は島内唯一の旅館「清風荘」があった
30号棟の右に見えるのは第二抗捲座跡。要は第二竪抗のエレベーター機械室跡地その奥に見える鉄骨は、会社事務所の屋根部分がひしゃげたもの。台風と潮害の力は恐ろしい
第3見学広場のある場所は、島の拡張工事で造られた箇所。埋め立てに使われた土砂は、炭鉱から掘り出された土が使われており、そのなかには商品にはならない石炭の破片(ボタ石)が含まれている
1958年に完成した高島町立プールの跡。島の北端にある端島小中学校にもプールがあったため、こちらは通称「南部プール」と呼ばれていた。海に囲まれた軍艦島だが、海は潮の流れが速いため遊泳禁止だった。真水が貴重な軍艦島ではプールはもちろん海水を使用していた

(次ページへ続く)

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