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古田雄介の“顔の見えるインターネット” ― 第40回

ろじぱらのワタナベさんに聞く、テキストサイトの可能性

2009年01月12日 11時00分更新

文● 古田雄介

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クリスマス死ね死ね団で、サイトとして大ブレイク!

―― フリーソフトコーナーの「論理」をメインコンテンツと紹介していますが、サイトをはじめたのはプログラミングの勉強などが目的だったんですか?

ワタナベ すいません、あれはネタで(笑) 最初から「テキストサイトを作ろう」と思って作りました。きっかけになったのは、学生の頃に生協で見かけた「超クソゲー」(太田出版)という一冊です。その中に「ファーニーゲーマーズヘブン」というテキストサイトの管理人さんが参加していて、そこからインターネットに興味を持ち始めたんですよ。

 その後、パソコンの中古ショップでバイトを始めたんですが、普通のお店にくらべてちょっと客層が濃くて、色々と珍しい経験をしました。そこで「このネタを使って僕もテキストサイトをやったら面白いかな」と思ったんです。

 プログラミングは、ホームページを作ると決めたあとに並行してやっていこうと思って追加したものです。

ワタナベ氏とろじぱらのマスコット「1UPキノコ」。顔出しは「会社の人にバレるのが辛い」ためNG。「ネットと実社会と交友関係がすっぱり分かれているんですよ。当時はそういう人が多かったと思いますね」と語る

―― 割とすぐにブレイクした、という印象があります。

ワタナベ いえ、最初の頃はせいぜい「1日5ヒット」というレベルでした。注目を集めたきっかけは、最初の年にやった「クリスマス死ね死ね団」(クリスマス殲滅委員会)という企画です。

 いわゆる「非モテ系」のネタとして複数の管理人さんと結成した団体だったのですが、クリスマス前に専用掲示板を作ったらかなりの反響がありまして。クリスマスが終わったらアクセス数が元に戻るかなと思っていましたが、案外減らずにそのままキープするようになりました。

 その後、翌年翌々年と同じ企画をやったら、クリスマス中に急増してあとは減らないという流れができました。あとは、初期から相互リンクを張らせて頂いていた「侍魂」が大ブレイクしたことで、アクセスの流入があったという面もありますね。


―― 昔から管理人同士の連携を頻繁に行っていたんですね。「無名のまま有名サイトに連絡をとる」ことに気後れはありませんでしたか?

ワタナベ むしろ昔のほうが連携が多かった気がします。当時、サイトを開設した人間がやることは、Yahoo! JAPANなどのディレクトリー型検索サイトに登録することと、色々なサイトにリンクを張ってもらうことだったんです。そうした風潮があったので、あまり気にせずリンクをお願いしていましたね。だから、今よりも横の繋がりが作りやすかったといえます。

 同時期に開設したサイトの管理人さんとは、同期のようなイメージで仲間意識が芽生えましたね。今もよく飲み会で顔を合わせたりします。


―― それでいて内輪受けの雰囲気がないので、初めてでも楽しめるんですよね。

ワタナベ そのあたりは意識していますね。昔は特に内輪受けを嫌う風潮がネット全体にあったので、オフ会レポートで「こんな人が来ましたよー」とやるのも個人的にはダメでした。今もそういう文章は書いていないはずです。まあ、基本的に外に出ない人間なので、オフ会自体にもあまり参加しなかったんですが。

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