富野氏のことばその3 「35歳までは青少年」
悪いけれども青少年だよ。どうして? やっているキャリアやモノの考え方が絶対にそうだ。それは能力論ではないんです。精神論なんです。
━━中須賀教授の、工学部を狙う学生には、はんだごてなどを使ったモノ作りを是非とも経験してもらいたい。とはいえ、大学に入ってからはんだごてを握っても遅くはないという主旨の発言を受けて━━
富野氏 中須賀先生が結論めいたことを仰っています。その前に、高校生という立場の人にお話をしておきたいことが1つあります。モノを作る、特に「工学」という、モノを作る最前線に行きたいと思っている学生さん、生徒さんにお伝えしたいことがあるなあと。「子供の頃からモノを作ることを知らないと出来ないよ」と言うのは、僕の基本的な考えです。だけど、おそらく現在の中高生の方は、それほど精密にモノを作るということに邁進しているとは思えません。つまり秋葉原に週一で行っているか? という感じでは、かなり疑問があります。それからモノを作るということが実を言うと、秋葉原で部品を集めてきて作っている、組み立てているというのは、“モノ作り”という言い方ではないんです。もっと原理的なところでモノを作ってほしいという。店頭で売っているチップを組み合わせるという意味では、組み立てているだけだということを、まずはご承知置きいただきたい。「だったら俺はやっぱりその程度のことをやっていないから工学は無理だ」と思うことも止めていただきたいということです。
どうしてかと言いますと、これは若い人には本当に分かりにくいことかもしれないけれども、これは必死で分かってください。我々の世代で言えば、人生が60年の時代でした。60年まで生きたら、長生きをしたということで、“若い”という言われ方をしていませんでした。しかし最近の、この10年くらいは60代で死ぬと“若い”という印象がついて回っています。ということは、今は80代まで生きることは、かなり普通に思われています。このことは実を言うと、かなり大きな問題を含んでいます。何かというと、年齢に対しての考え方です。ここでまず先に結論を言います。「今の30は、一昔前の……10数年前の感覚で言うハタチなんです」という言い方を、今、我々60代が本当に実感しています。そして、10年くらい前から僕も20代を超えた人に対して「青少年」という呼びかけをするようになりました。
はじめは冗談でした。10年くらい前は。ここ数年は“実感”です。35才までを青少年と呼び切ります。現に、何人かの方から抗議も受けました。「何で富野さんって、俺に青少年て言った?」「だっておまえ35になっていないだろ」と。もうちゃんと子供もいるんですよ。だから怒りますよ当然。だけど悪いけれども青少年だよ。どうして? やっているキャリアやモノの考え方が絶対にそうだ。それは能力論ではないんです。精神論なんです。どういうことかということで、本当に皆さんにわかりにくい例を一つだけあげます。
今から65年くらい前の15才の少年が、たとえば陸軍幼年学校に入ったときには、この学校を卒業する2年後には軍に入る! 軍に入った瞬間にあるのは、もし戦地に引っ張られていったら翌年は死ぬかも知れない! 20まで生きられないかも知れないということを本気になって思ってっ! 勉強していたんですよ! 神風特攻隊で特攻した連中は全部一律18、19、20歳までっ! 20過ぎた奴は完全に大人になって逃げていた。そのメンタリティが持っている、つまり生きていることに対する切迫感というモノをあなた達30になった人達は持っている? (会場 静寂)
つまり我々はこの30~40年、皆さん方が生まれて育っている、今日までのこの20数年って、完全な天国なんです。精神的に、今みたいな言葉を、ばーんと正面から投げつけられて、「だからがんばんなさい、だから今は一生懸命勉強しましょう、いまは楽しいことはきちんとやっておきましょう」と言って育てられましたか? そんな人がいたら手を挙げてほしい。で、そういう風に育てられましたという人がいたら、それはウソ。どうしてかというと、皆さん方のお父さんお母さんは、そういう切迫感を持っていないわけだから、そういう育て方を、どんなに厳しい、アナタは東大に合格してもらわないと困りますよと言っている親であったにしても、その親は所詮、東大に受からせる事だけが目的なんです。生き死にの話は一切していない。そういうメンタリティの中で育ってきた皆さん方だから、東大に入ってはんだごてを始めても結構です。(笑い)(会場大笑い)
これからの15年くらい=35くらいまでは青少年なんだから、それまで技術論を本当に身につけたうえで社会に出て行って遅くないんですよ。そうするとそこにあるのは、いいですか? 技術論だけではない、もう一つ大きなモノを身につけなければいけないんです。それはいったいなんなのか。後期高齢者うんたらかんたらというような、文言を発明してしまう文化系の人間もそうなんです。つまり、実社会の人々に対して、我(われ)は何をしなければいけないか? というもう一つの、本来スキルを切磋琢磨した上で技術を投下していくというセンスを持たなければいけない。
だから、工学をやるというのはどういうことかというと、社会というシステムに対して、我の手に入れたる技術をどのように投下して、どのようにして人々が安心して、地球の人類の総人口を100億から30億に減らすかという工学を達成するという目標を、今、皆さん方は否が応でも突きつけられているんです。が、そういう問題を工学の問題として、認識論として突きつけられているということを認識していられる工学者とか、政治家とか経済人がどれだけいるかと言ったら、おそらく僕はいないと思っているんです。どうしてかというと、日本の国家にはすごいすごい大臣がいるんです。少子化対策担当大臣がいて、産めよ増やせよと言っているんです。それからもっとイヤなこと言っちゃう! 人類が増えてもしょうがないのに禁煙を一生懸命奨励して! おまえらさあ! 人口もっと増えていいのかよ! 何考えているんだって思いません? だから僕はこの瞬間にももう、なんだかタバコ、急に吸いたくなっちゃった。(会場 大笑い)
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